スペルカードも使えない、ラストスペルも持ってない。

夢想封印も使えない、マスタースパークも撃てない。

あるのはそれなりの弾幕と、瞬間移動くらい。

いくら頑張っても、ほんのちょっとの足止めが精一杯。

誰かに勝てた事なんて、無いかもしれない。

 

 

―――こんな私でも、君の言う”さいきょう”になれるかな?

 

 


”うるとら★フェアリー”

 

 

 

首を持ち上げる余力もままならず、だらしなく空を見上げる。分厚い入道雲。
もう少しすれば、その合間を縫って再び眩しい太陽光が降り注いで来るだろう。きっと目に痛い。
それまでに、何とかこのあちこち痛む身体を起こせないだろうか。
えいやっ、と力を込めてはみたが、右腕が上がるだけ。手首に出来た擦り傷は、大した事は無さそうだ。

「大丈夫?」

心配するような声が降ってきて、ずっと地面で仰向けだった大妖精は、ようやく首を少しだけ持ち上げて前を見た。
たまにしか持っている所を見ない、お払いに使う棒―――大妖精には、正式名称が分からなかった―――を肩に担いだ博麗霊夢が、困ったように眉を垂れてこちらを見ていた。

「は、はいぃ」

少し上ずってしまった返事を恥ずかしく思いつつ、もう一度、と大妖精は腕に力を込めてみた。冷たい石畳の感触。
細い指先でそれを引っかくように力を込め、自らの身体を押し上げる。やっとこ、彼女の身体は水平から角度を取り戻した。

「あんたも物好きね。こういう言い方はあまり好きじゃないけど、毎日のように進んでボロになりにくるなんて」

苦笑いを崩さず、霊夢は地面に座り込んだままの大妖精に近付き、手を差し出す。
素直にその手を取ると、大妖精の手は即座にぐいっと引かれてスタンドアップ。伸ばした膝に出来た傷が少しだけ痛んだ。

「痛む?」

その姿を頭からつま先まで一瞥して、彼女は訪ねた。

「い、いえ……大丈夫です、から」

大妖精は頑張って笑顔を浮かべてはみせるが、その表情には隠し切れない辛さが滲んでいた。
肩を竦め、霊夢は踵を返す。

「昨日も訊いたわね、そう言えば……大丈夫には見えないのも昨日とおんなじ。
 こっちに来て……簡単な治療ならしてあげるから。ついでにお茶も出すわよ」

大妖精の返事は聞かず、彼女はさっさと奥の方へ引き上げてしまう。それは、ついて来ると確信しているからだろうか。
事実、残された大妖精もすぐに彼女の後を追う。歩くと少し足が痛むので、低空飛行で。
探すまでも無く、霊夢の姿はすぐに見つかった。いつも彼女がお茶を飲みながらぼけーっと座っている縁側。
そこに、これまたいつものお盆に載せられたお茶入りの湯呑みが二つに、お茶請けの煎餅。そして救急箱。

「失礼します」

ふわりと羽を羽ばたかせ、大妖精は霊夢の横へ座ったまま着地。

「ん」

軽く頷きつつ、霊夢の視線は手元の救急箱の中。
消毒薬を染み込ませた脱脂綿をピンセットで挟み、大妖精の顔に向ける。

「あ、いえ……自分でやりますから」

「いいから。早く顔をこっちに向ける。昨日と同じやりとりをもっかいする気?」

誰かに自分の事をさせるのは気が引けるのか、一度はそう言った大妖精。
しかし、霊夢の目と手は問答無用といった体だったので諦め、素直に顔を少し前へ。

「すみません、お願いします」

「素直でよろしい。ちょっとしみるかも」

すぐに、ぴたぴたとした冷たい感触が頬に伝わってきた。今まさに消毒を施されているのだろう。
少しだけ傷口にしみたが声や顔に出る程度では無く。頬の次は額、そして首下。
冷たい感触が顔に伝わるたびに、何だかくすぐったさのようなものも一緒に感じてしまうので、笑いを堪えるのが難しい。

「はい、顔おしまい。次は……手か」

「あ、はい」

脱脂綿を取替え、続いて手の治療。手首に出来た小さな傷にも忘れずに消毒をしてくれた。
微かに血が滲んでいた肘付近の傷には絆創膏。
そのまま足の治療も終え、霊夢は救急箱を片付け始める。幸い、包帯の必要そうな深い傷は無かった。

「これでおしまい。服は……どうする?直す?」

「あ、いえ!そこまではさすがに……あの、どうもありがとうございました」

ぺこぺこと頭を下げてから、改めて大妖精は自分の身体を注視する。
お気に入りのワンピースは所々が破けたりほつれてしまっていたが、そこまで損傷は酷くない。これなら、自分で直す事も可能だろう。
『妖精の服とか、ちょっと興味あるんだけどなぁ』などと少しばかり残念そうな呟きを残して、霊夢は救急箱を戻しに室内へ。
すぐに戻ってきた彼女は再び大妖精の横に座る。それからお盆に載せていた湯呑みを一つ手に取り、大妖精へ。

「はい。夏だし、冷たいお茶のが良かったかしら」

「いえ、私はあったかいお茶も大好きですから……いただきます」

先の無理したものとは違う、自然な笑顔を浮かべて彼女は湯呑みを受け取った。少し熱い。
『ならよかった』とちょっと嬉しそうに、霊夢も自分の分を手に取り、早速ずず、と一口。神社の縁側に何ともよく似合う効果音だ。

事の発端は、数日前。場所は同じく博麗神社であった。

「こんにちは〜……」

暑さに加えて遅々として進まぬ掃き掃除に辟易していた霊夢は、どこからか小さな声が聞こえるのを耳にした。
きょろりと辺りを見渡せば、小さな影が降りてくる。

「一人?珍しいわね」

ちょっと目を丸くし、驚きの表情。湖に住まう大妖精の突然の訪問であった。
霊夢の言葉通り、大妖精が一人で博麗神社へやって来るというのは珍しい事。
普段であれば、仲の良い友達――― それも高確率で氷精チルノと一緒なのである。

「突然すみません。あの、今お取り込み中だったりは……」

遠慮がちにおずおずと切り出す大妖精。
その言葉に、霊夢は手にしていた竹箒を示して見せた。

「ん〜、掃除中だったけど……別にいいわ。やめる口実が欲しかったから」

そして笑みと共に、ぽいっとその場へ箒を投げ出す。
からん、という軽い音が響くのと、大妖精が安心したように頷いたのはほぼ同時であった。

「ならよかった……あの、ちょっとお願いが」

「うん?」

何を言うかと思えばお願い。小首をちょいと傾げ、霊夢は次の言葉を待つ。
もじもじと言い難そうに間を作った大妖精は、意を決したように顔を上げると―――


「わ……私と勝負して下さいっ!!」


まるで風鈴のような声を精一杯大きくして、そう言い放ったのである。

「……はぁ?」

訳が分からない、とでも言いたげに、霊夢は先程よりも深い角度に首を捻る。

「勝負、って……何のよ。まさか弾幕ごっこ?」

「は、はい!それです」

まさか、と思いつつ訊いてみればビンゴ。大妖精の目を見るが、どうやら真剣なようだ。

「……だめ、ですか?」

彼女の様子に不安を感じたか、大妖精は小さな声で尋ねる。
それに対し、霊夢は軽く頭をかいてから苦笑いを浮かべた。

「あ〜、その……だめじゃないけど。どうせ退屈してたし……けど、そのね」

どこか言い辛そうに言葉尻を濁す。
そんな彼女をじっと見据え、どうにも迷っているような表情だった大妖精だったが―――

「だめじゃ、ないんですよね……では、その……失礼しますっ!」

そう言い放つなり、右手に数本のクナイ弾を出現させ、霊夢へ向けて真っ直ぐに放った。

「うわっと!」

そこそこの弾速で放たれた自機狙い。素早く反応し、サイドステップで難なくかわしてから霊夢は大妖精を見やった。

「ちょっと、いきなり……」

「あっ、ごめんな……じゃなくって。つ、次いきます!!」

しかし大妖精は一旦出しかけた謝罪の言葉をしまい、すぐさま次の攻撃へ。
左右から斜めに挟むかのように、氷にも見える光弾を連続で射出。弾速は遅く、霊夢をゆっくり追い詰めるかのような形だ。
その間を射抜くように、再びクナイを投げ込む。左右への逃げ場を封じ、直撃を狙うつもりのようだ。
だが―――

「甘いッ!」

霊夢は左右へ逃げる事をせず、敢えて正面へ突進。弾速の速いクナイを微かに身体を捻る事でかわし、さらに前へ。
光弾は弾速の遅さ故、彼女の動きを捉えきれずに後方へと流れていく。これだけで、もう大妖精の攻撃は全て回避された事となった。

「う、うそ……」

この間、三秒にも満たず。そして霊夢に、明らかな動揺を見せた相手を撃ち漏らすような事は無く。
慌てて後方へ飛びずさろうとした大妖精の方向、地面へ向けて霊夢は針を数本放る。
神社の石畳で跳ね返り、鋭い角度で上昇した針は、逃げ切るだけのスピードを稼ぎ切れぬ大妖精の足を襲う。

「きゃっ!!」

膝から腿にかけての部位に直撃をもらい、思わず上がる悲鳴。
急に身体を走った痛みに驚いたか、大慌てで動かそうとしていた筈の羽を止めてしまった。
上空1m程度からの落下。強か尻餅をつき、再び『あうっ』と二度目の悲鳴。
足と尻の痛みに滲む視界で前を見れば、そこには札をビシッと構える博麗の巫女。

「人の話の途中で襲い掛かるようなイタズラ妖精には……オシオキが必要ね!霊符『夢想封印』ッ!」

瞬間、目の前に広がる巨大ないくつもの光弾。拡散し、迫ってくる。
霊夢のあまりに堂々とした立ち居振る舞いに、大妖精はもう逃げるだけの気力を奪われてしまった。

まず最初に聞こえたのは、蝉の大合唱。
まるで遠くから呼びかけるような鳴き声は、やがて大きくなり、いつしか聴き慣れた音量に。
うるさいくらいの大合唱に鼓膜を叩かれ、大妖精は薄く目を開く。

「……あ、う……」

「気がついた?」

不思議と眩しくは無かった。それもその筈、こじ開けた目に飛び込んできたのは天井。ここは室内なのだろうか。
違った。視界の右の方には青空が見える。屋根、だとかひさし、と言うのが正しいだろう。
自分に何が起こったのかを理解するのに時間がかかり、先程自身の身を案じてくれたであろう声の主に大妖精はようやく気付く。

「れ、れいむ、さ……」

「あ〜、寝てていいわ。かなり手加減するつもりだったけど、思ったより強くしちゃった。ごめんね」

寝てて良いと言い、ひょい、と視界の中へ霊夢の顔が飛び込んできてくれた。その顔は、少しばかりばつが悪そうだ。

「ここは……」

「神社。家の縁側ね。のびちゃったから私が運んだんだけど……それにしてもあんた、随分と軽いわね。ごはんちゃんと食べてるの?」

「た、食べてます。たぶん」

「そう、ならよし。受け答え出来るなら、重傷でもなさそうだし」

安心したように息をつく霊夢。寝たままの大妖精と目を合わせ、話す彼女はどこか楽しげだ。

「ダイエットの秘訣はまた今度にして……どう?どっか痛い?ってまあこんだけやったら当たり前かぁ」

「だ、だいじょうぶで……いたっ」

腕に力を込めて起き上がろうとしたが、不意に力を込めた右腕に鋭い痛みが走る。
堪え切れずに声を上げてしまった大妖精を見て、霊夢は手を差し出す。

「ほら、ちゃんと握って」

「は、はい」

握れとは言ったが、実際は大妖精の手首を霊夢が握り、軽く引いて上半身を起こしてやる。
ようやく意識もはっきりしてきて、大妖精はまず霊夢へ頭を下げた。

「あの、その……ごめんなさい。いきなり、あんな」

「もういいわよ。こっちは別に傷一つついてないし……あ、ちょっと失礼だったかしら」

「いえ」

慌てて口元を押さえる霊夢に、大妖精は首を横に振る。

「ところで、どういう風の吹き回しなの?チルノならともかく、あんたが戦いを挑むなんて珍しいというか、どこぞの吸血鬼がやらかした異変以来じゃない?
 進んで戦いに身を投じるような性格でもなし。弾幕ごっこだし、私の命を狙うつもりでもなし……あんたがそんな事するとは思わないけど。罰ゲームとか?」

ずっと気になっていた事を尋ねてみた。実際、大妖精は争い事を好まない穏やかな性格で通っている。
遊びの範疇で弾幕ごっこに興じる事くらいはあるのだろうが、いきなり霊夢に弾を放ってくるような真似は、少なくとも普段の彼女ならしない。
すると大妖精は、少し恥ずかしそうに顔を伏せつつ口を開いた。

「その、私……」

「ん?」

 

「――― 強く、なりたいんです」

 

ざわり、と夏の熱気が篭った風が吹き、神社の木を揺らしていく。
大妖精の発言から数秒の間を置き、霊夢はまたしても首を傾げた。

「……いよいよもって、おかしな風の吹き回しですこと。それ、まるっきりチルノが言いそうな台詞じゃない」

「へん、ですか?でも、わたし……」

「別に変だなんて思わないから、そんな泣きそうな顔しないでよ」

苦笑い。霊夢はもう少し質問を重ねてみた。

「随分と抽象的ね。強くって、どれくらい?私よりも?」

「……その、できたら……最強、に」

その言葉に、霊夢は思わずこんな事を考えてしまう。
目の前にいる大妖精は、魔法の類か何かで深層心理があの氷精と入れ替わってしまっているのではないか、と。
だが、会話の節々に滲む気弱さ、優しさは紛れも無く彼女の知る大妖精。ぽりぽりと頬をかき、再び口を開いた。

「どうして強くなりたいの?」

「えっとぉ……それはまだ、伏せさせてもらってもいいですか」

「まあ、いいけど」

ふぅ、と霊夢は息をつく。とりあえず、今日起こった出来事は何とか説明がつきそうだと思った。

「つまり、強くなるには誰かと戦うのが一番ってんで、私と戦いに来たと」

「そうなんです。異変解決で色々な人たちと戦って、経験も豊富な霊夢さんなら、って……」

カラクリが解けた、と言わんばかりに霊夢は再びため息。

「よく分かんないけど、一回二回戦ったくらいじゃ、すぐには強くなんてなれないわよ?
 私は戦いのエキスパートじゃないから、偉そうなことは言えないけどさ。それでもいいってんなら、また来ていいわ。
 どうせ毎日暇してるし、私でいいなら相手になってあげる」

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

途端に笑顔を咲かせる大妖精に、自然と霊夢も笑顔を見せた。
承諾した理由は細かくあるが、一番はやはり『気になった』のだ。あの大妖精が、どうして強くなりたいと願うのか。
弾幕ごっこにおける力量差も考えず、いきなりズタボロにしてしまった事に対する負い目というのも、まあ少しはあるが。

「その、今日はどうもありがとうございました。明日からもよろしければ、よろしくお願いします。それじゃあ、私は……」

「あ、ちょっと待った」

何度も頭を下げから立ち上がろうとした大妖精を、霊夢は呼び止める。

「なんですか?」

小首を傾げる大妖精に、霊夢は自身が立ち上がりつつ答える。

「お茶くらい飲んでってよ。このまま帰したんじゃ、一方的にいじめたみたいでアレだし」

「え、いいんですか?何だか悪いような……」

「じゃあ、こうする。いきなり襲い掛かってきた罰として、あんたは今日から私の茶飲み友達になってもらうわ」

「えっと……ありがとうございます。それでは遠慮なく……」

「素直で大変よろしい。そこで待ってて」

正座になった大妖精へにっこり笑顔を向け、霊夢は台所の方へと消えていった。

―――とまあ、そんな経緯で大妖精は、度々霊夢の元を訪れては弾幕勝負を挑むようになった訳である。この日もそうだ。
しかし、いくら力が強いと言ってもあくまで妖精の範疇である大妖精と、幾つもの異変とその元凶をねじ伏せてきた博麗の巫女。
その実力差は歴然も歴然、残念ながら大妖精が勝てた事は一度も無く―――

「……?どうかされましたか?」

「あ、ううん。ただ、あんたがそうして傷だらけになってるのを見られるとは思わなくて」

霊夢の言葉通り、大妖精はここへ来る度に体のどこかに軽い傷を貰う羽目になるのであった。
もっとも、大妖精自身はそれを意に介した様子はまるで無い。

「だってほら、あんたは普段なら傷だらけになった友達を世話してやる立ち位置じゃない。
 自ら戦いを挑み、そして傷を負った湖の大妖精―――これはレア映像よ。拝んどこっと」

なむなむ、と手を合わせる霊夢に、大妖精は思わず声を上げて笑った。

「あはは、そんなにいいものじゃないですって。ただ、無鉄砲に挑んでは返り討ちにあっているだけですから」

「私の方が上だ、なんてひけらかすつもりはないけれど、無鉄砲と分かっているなら、もっと実力の近しい相手を選べばいいのに。
 それこそ、あんたの友達とならもっといい勝負になるんじゃないの?チルノとか、そーなのかーとか」

せっかくなので、抱いていた疑問の一つをぶつけてみた。
すると大妖精は少しばかり真面目な顔に戻り、ぽつりと呟いた。

「えっと、それは……その、秘密にしたいんです。私が、こうしていること」

「強くなりたい、ってコトを?」

「はい。ですから、毎日のように会う人は避けたかったと言いますか……。
 それで、私に良くして下さる人で、このことを秘密にして下さる人、なおかつ私より強い人……を、探したんです」

「それで私、と。お眼鏡に適って何よりだけれどさ」

彼女の言葉を額面通りに受け取るなら、霊夢は大妖精に信頼されたという事になる。そう思うと、悪い気はしなかった。
三分の一ほど残った湯呑みを一息で空け、彼女はそれを置きながら再び大妖精を見た。

「ま、何にしても……あんまり無茶はしないでよね。最強を目指すのは大いに結構だけど、それで怪我なんかしたら元も子もなし」

「はい。それじゃ、今日はこれで失礼します……どうもありがとうございました。それと、お茶もごちそうさまです」

大妖精も湯呑みを置くと、ぺこりと一礼。

「ん、気をつけて」

ひらひらと手を振って答える霊夢。そんな彼女にもう一度頭を下げ、大妖精は踵を返して空へと舞い上がる。
彼女の羽が巻き起こす風は、夏の熱気のせいでどうしても涼しくはならなかった。

空を歩く大妖精の小さな身体が、熱を吸収する大地に影を落とす。
午後のもういい時間だったが、それでもまだ幻想郷の空は明るく、太陽も容赦無く照りつける。
ただ移動しているだけで滲んでくる額の汗を手の甲で拭い、大妖精は少し立ち止まった。
自身の身体を改めて見る。肘に貼られた絆創膏に、あちこちの小さな擦り傷。服も所々破けており、いかにも『喧嘩してきました』と言わんばかりの風貌だ。
自分自身にとってそれはあまりに似合わない事を彼女も分かっていた。

(早く帰って、着替えよっと。この服も直さなきゃ)

積極的に誰かに見られたい状態では無かったので、大妖精は再び湖を目指して羽を動かし始める。
空中散歩をもう暫く続け、ようやく見慣れた湖がすぐ傍まで迫ってきた。思わず安堵の息をつく。
だがその時、そんな大妖精の背後から不意に声がかかった。

「あっ、大ちゃん!おーい!」

刹那、どきりと跳ねる心臓。すぐ家に着く、と安堵した直後なのも相まって、何でも無い呼びかけがかなりの緊張をもたらした。
正直に言って、今一番会いたくない相手。それでもくるりと振り返れば、やはり遠くに親友――― チルノの姿がはっきりと見えた。
吹き抜ける夏の風に青いリボンを揺らし、この暑い最中でも元気一杯だ。

「最近見ないからちょっと心配したんだよ!でも元気そうでよかった……今行くから!」

太陽に負けないくらいの眩しい笑顔を向け、一直線に大妖精目掛けて飛んで来る。
本当に嬉しそうだ。だからこそ、今の大妖精は逃げ出したい。

「一緒に遊ぼうと思っても、家にいなかったりするからさみし……ん?」

あっという間に距離を詰め、大妖精の下まで飛んできたチルノ。だが、彼女の姿を傍で見るなりその笑顔が消える。
それもその筈、今の大妖精はあちこちに擦り傷を作り、ブラウスの袖やスカートの裾なんかも数箇所が破けている。

「こ、これはねチルノちゃ」

「だ……大ちゃん!!どうしたの!?こんなにボロボロで……誰にやられたの!?」

弁解しようとする大妖精の声も聞こえてないらしく、チルノはその惨状の理由を問い質そうとする。
いつも一緒にいるチルノは、大妖精が好戦的で無い事を十二分に承知していた。たまに弾幕ごっこをする程度で、誰かに戦いを挑むような事はしないと。
そんな彼女がこうして、自分の知らない場所であちこち傷を作って帰って来たという事実。チルノにしてみれば、普段なら有り得ない光景なのであって。

「まさか……誰かにいじめられたの!?どいつにやられたの!?大ちゃんをいじめるなんて許さない!!今すぐあたいが……」

「ま、待って〜!」

このような過剰反応も致し方無し、である。
大慌てでチルノの肩を掴み、どうにかして押し留める大妖精。直情的で正義感の強いチルノに会ったら、確実にこうなる事は予測出来た。
だからこそ会いたくなかった、とも言える。何とかして、彼女を落ち着けなければならないと大妖精は弁解の言葉を探した。

「そ、そのね。誰かにやられたとか、そういうんじゃないの。ただ、その……木からおっこちて」

「そうなの?」

「う、うん。ほら、ミスティアちゃんのまねして木の上でお昼寝してたら、こう、どさっと。
 その時に枝とかに引っかかって服が破れちゃったの。本当にそれだけ。だから気にしないで、ね?」

「なぁんだ、それならよかった」

ほっ、と胸を撫で下ろし、ようやくチルノに笑顔が戻った。
随分とあっさり疑念を解いたが、それは彼女が大妖精を信頼する故である。

「大ちゃんも意外にドジだなぁ。次は気をつけてね……でさ、どうする?せっかく会ったけど」

「あはは、そうする。でも、今日はやめて明日遊ばない?明るいけど、時間はもう結構遅くなってるよ」

事実、時刻は午後五時を既に回っている。

「そうなんだ、じゃあそうしよっか。明日の朝、大ちゃんの家に行っていい?」

「うん、お願い。それじゃ、また明日ね」

互いに納得し、別れの挨拶。

「ばいばい、また明日……あ、でもその前に」

「なぁに?」

最後に何か言いたげなチルノに大妖精が問うと、彼女は少しばかり真面目な顔になった。

「今日はおっこちただけだからよかったけど……もし、本当に誰かにいじめられたら、すぐ言ってね。
 大ちゃんをいじめたやつなんてこう、氷漬けにしてカキ氷の材料にして、二度とやらないようにしてやるんだから。
 大丈夫だよ、あたいが絶対に守ってあげるからね」

「……うん、ありがとう」

大妖精が答えると、チルノはもう一度とびきりの笑顔を彼女へ向けてから去って行った。
小さな後姿がさらに、見えなくなるくらい小さくなるまで見送ってから、大妖精もまた自宅方向へ飛び始める。
その道すがら、去り際にかけてくれたチルノの言葉を、胸の中で何度も反芻する。


―――『あたいが絶対に守ってあげるからね』―――


その果てに、大妖精は深く深くため息をついた。

「む〜」

ああ、今日も空が青い。
ゆっくりと頭上を流れてゆく、青空との対比が美しい雲を目で追いながら、大妖精は悔しそうに唇の内側を噛む。

「良くなった……けど、まだまだね」

その声に、やはり少しだけ首を持ち上げて前を見る。いつものように、霊夢が少し困った顔でこちらを見ていた。

「ほら、ちゃんとして」

やっぱり差し出された手を、これまた大妖精はしっかりと握る。何から何まで、まるで日課のような覚えのある動作。

「……ちゃんと、教えて頂いた通りの作戦で動いたんですけど……またダメでした」

立ち上がりざまに、はぁ、とため息。すると、霊夢はおかしそうにくすくすと笑った。

「当たり前じゃない。私が教えた作戦だもの、私相手にやっても逆手に取られるのがオチよ?」

あっ、と大妖精は口に手を当てる。その驚きようがおかしかったのか、霊夢は声を上げて笑った。

(うぅ〜、恥ずかしい……)

―――それは、この日の前日の事。

「弾幕ごっこにおける重要なファクター……それは個性だと思うの」

縁側でお茶を飲んでいた霊夢は、横で湯呑みを口に運んでいた大妖精にそう切り出した。

「どういうことですか?」

「つまり、人のまねだけやっても勝てないってコト。個人の持つ特性を生かした戦法を組み立てなきゃ。
 例えば、あんたがもしマスタースパークを撃てるようになったとしても、考えなしに撃ったんじゃ先輩である魔理沙にはきっと勝てない」

「なるほど」

感心したように頷く大妖精に、彼女は続けた。

「そうねぇ……あんたが持つ特性。それは丁寧な自機狙いとか、ある程度密度を持った弾幕、規則正しいパターン……そして何より、空間移動。
 例えば、とにかくデタラメでもいいから密度の濃い弾幕を張るの。相手がそれに気を取られたと見るや、空間移動で相手の背後を取る。
 気付いていない相手の背中を刺すもよし、気付かれてても状況は俄然有利。ちょくちょく移動して立ち位置を変えてやれば、相手の集中力を削ぐ事にも繋がる。
 あんたの最大の武器は機動力よ。戦い方さえ覚えれば、相手に一番嫌がられるタイプね。当たらなければどうという事はないのよ」

「あっ、あの!」

「ん?」

話す事に夢中になっていた霊夢は、突然大妖精が大きな声を出したので少し驚く。

「今のお話、メモしてもいいですか?」

「いいわよ。じゃ、最初からもう一回」

こうして霊夢に多少なりとも作戦を教わり、この日の一番勝負にそれを持ち込んだ――― のだが。
普段なら自分の周囲360°に規則正しい角度で放つクナイの束を、さながらショットガンのように前方に固めての射撃。
命中精度などどうでも良い。とにかく、質量勝負。まさに散弾のようなクナイの嵐が視界を覆っていく。
離れた場所で対峙する霊夢の姿が視認出来なくなるくらいに撃ち込んでから、彼女は空間を跳ぶ。
目標位置は、霊夢の背後数メートル。

(ここから素早く撃てば、霊夢さんでも……)

跳躍が終わり、視界が開けた―――目の前に、赤い影。

「え」

驚き、大妖精は手にしていたクナイを落としてしまった。
すぐ目の前に、不適に笑う霊夢の姿があった。

「やっぱりね」

そう呟くや否や、驚きで硬直したままの大妖精の額に、ぴたっ、と御札を一枚。
御札は一瞬の間を置き、スパーク。

「きゃっ!」

短い悲鳴と共に、大妖精の身体は背中から神社の石畳へ落下。作戦をあっさり見破られたのが悔しくて、そのまま不貞寝のように寝転んでいる所を起こされ、現在に至る。

「馬鹿正直にやったらダメよ、ひねくれなくちゃ。まあ、素直なのがあんたのいい所だけどね」

ポン、と大妖精の頭に手を置いてそう言い、彼女は奥へ。いつものお茶会の時間だ。
何だか負けた事もあまり悔しくなくなって、大妖精は軽く息をついてから霊夢の背中を追う。
この日は多少の高さより背中から落ちただけで、怪我も無かった。

「はい、これ。おでこ大丈夫?」

「いただきます。あ、大丈夫ですよ」

差し出された湯呑みを受け取る。霊夢がちら、と大妖精の額を見ると、少しだけ赤くなっていた。
しかし彼女は大丈夫だと笑い、お茶を一口。熱いお茶も割と平気で飲めるようになった。

「ところでさ、あんたなんでいっつもクナイ型の弾使ってんの?」

「え、これですか?なんていうか、作りやすくて応用が利いて、威力もありそうな形……を追求したらこれに落ち着いたと言いますか。
 そんな感じで、結構人気なんですよ。私のオリジナル……なのかは分からないんですけど、今では使う人たくさんいますから。
 せめて形成する弾幕で差別化を……」

「それであんなにきちっとした形に並べて撃つのね。見る分には綺麗だけどさ、規則的っていうのは戦う上ではマイナス要素ね」

「ん〜、それは分かるんですけど……そこはほら、今日使ったやつみたいな、応用でなんとか。
 それに、普段は並べて撃ってるなら、ああいう風に時々不規則に撃つのは不意打ちになるんじゃないかなって思うんですけど」

「でもそれって、初見の相手にはあまり効果がないわね」

「あ、う〜……」

そんなとりとめも無い会話に花を咲かせ、暫しの談笑。
やがて一旦途切れる会話。その折、空っぽになった大妖精の湯呑みにおかわりを注いでやりつつ、霊夢はずっと抱いていた疑問をもう一度ぶつける。

「……でさ。結構長い事付き合ってあげてる訳だし……そろそろ、教えてくれてもいいんじゃない?」

「はい?」

「あんたの目的よ。どうして強くなりたいと思ったのか」

「!」

それを聞いた大妖精は、ぴくり、と肩を軽く竦ませた。
受け取った湯呑みに口をつけつつ、上目遣いで霊夢の顔をちらりと見やる。彼女もまた、こちらの目をじっと見ていた。
緊張で口の中を火傷してしまいそうになったが寸前で口を離し、ふぅ、と一息。

「やっぱり、気になります?」

「そりゃあもう。珍しすぎる事例ですもの、色んな仮説が脳裏を過ぎりまくって渋滞を起こしてるわ」

「………」

「私、結構口は固いのよ?」

誰にも言わない事をアピールし、何とか霊夢は理由を引き出そうとする。
彼女の言葉に偽りは無く、毎晩毎晩布団の中で仮説を立てては考え、未だ有力な仮説に辿り着けない。お陰で若干寝不足気味だ。
何が何でも理由を聞き出してやる――― そう思い、こうして質問をした。
暫し恥ずかしげに俯いていた大妖精は、そっと顔を上げる。

「あの、誰にも……」

「言わない。他にバレたくないから、私を相手に選んでくれたんでしょ?信用してよ」

その言葉を聞き、大妖精はもう少しだけ間を置いてから、こくり、と小さく頷いた。
湯呑みを両手で包むように持ち直し、彼女の小さな口が少しずつ開いていく。

「……えっと……何から話せば……」

「じゃあ、とにかく理由を率直にお願い。補足や経緯は後でいいわ」

困った様子の大妖精に、霊夢が助け舟。頷き、彼女は話を始めた。

「その……わたしが”強くなりたい”って思った理由は、一言で言うなら……」

「言うなら?」

「―――友達を守りたいから、でしょうか……」

ちら、と大妖精は霊夢の顔を見る。彼女は小さく頷き、続きを促した。

「友達っていってもいっぱいいますし、もちろんみんなを守ってあげられるならそれが一番です。
 ですが、その中でも特に守りたい子がいるんです。誰か、なんて言えませんけど」

「ああ、あいつね」

「!?」

びくっ、と先よりも大きく肩を竦ませた。どこか慌てふためいた顔のまま、再び霊夢を見やった。
彼女はふっと表情を緩め、優しい笑み。途端に恥ずかしくなり、大妖精は顔を赤らめたが、続きを話し始める。

「そ、その子は……こほん。正直に言って、わたしなんかよりずっとずっと、強いんです。勇気もあります。
 わたしとも、時々弾幕ごっこで遊ぶんですけど……0勝273敗。一回もわたしが勝てたことはありません。
 だけど、その性格のためか、あちこちで勝負を挑んでは、負けてしまうことも少なくないんです」

まだ少し顔の赤い大妖精。霊夢は笑みをたたえたまま、黙ってその話を聞いてやる。

「実力が上の相手にも臆することなく向かっていく。その姿はとってもかっこいいですし、そんな勇気に満ち溢れた姿を見ていたいとも思うんです。
 ですけど……負けるたびに、その子は傷だらけで帰ってきます。それこそ、最近のわたしのように。
 何だか、危なっかしいんです。弾幕ごっこはルールの則った遊びですけど、だからって絶対安全ではありません。
 それに、あちこち元気に飛びまわって遊ぶのは、多少の危険も伴います」

「………」

「もしかしたら……いつか何かの拍子に大きなケガでもしちゃうんじゃないかって。
 だから……だからせめて、わたしの手が届く範囲にいる時は、守ってあげたいんです。その子に降りかかる危険から。
 霊夢さん……わたしの名前、というか呼び名、ご存知ですよね?」

「大妖精。通称大ちゃん」

「そうです。大妖精。普通の妖精よりも大きな力を持った妖精。それがわたしです。
 せっかく、そういう力の強い存在として生まれてきたのだから、その力を……その子を守るために使いたい。
 あの子がどう思ってるかは分かりませんが、私は……叶うなら、ずっと一緒にいたいんです。
 少しでも長く一緒にいたい。だから、降りかかる全ての危険から守ってあげられるくらいに……強くなりたかった」

大妖精は少しだけ顔を伏せた。霊夢もいつしか真剣な顔になり、その話に耳を傾ける。

「でも……現実はそんなに甘くないんですね。わたしは見ての通り、ちっぽけな妖精に過ぎません。霊夢さんと何度戦っても、勝てるはずがないんです。
 それどころか、守ってあげたいその子よりも弱いんじゃ、お話になりませんよね。おこがましいです。
 この幻想郷の誰よりも強くなれれば、わたしは一生その子を守ってあげられる。夢みたいな話ですけど」

「だから最初に、最強になりたいと言った」

「はい……けど、実はそこにはもう一つだけ。霊夢さんを信じて、もう一つの理由も。
 その子もまた、最強になりたいっていつも言ってます。誰よりも強くなりたくて、そのために色々な人に挑んでは敗れ、それでも立ち上がる。
 本当に……本当にかっこいいと思います。だけど、最近ちょっと怖くなったんです」

「何が?」

純粋にその言葉が引っかかり、霊夢は尋ねた。

「いつか……もしその子が最強になったら、わたしのことなんて忘れちゃうんじゃないかって。
 もし最強になれれば、誰とだって友達になれます。異変を起こせるくらいの大妖怪でも、神様でも。霊夢さんだってそうですよね。
 数々の異変を通して、とても強い人達とも仲良くなりましたよね」

霊夢は黙って頷く。

「もし、チ……こほん。その子が最強になったら。強い人達とお友達になれたら、もうわたしのことなんてどうでもよくなっちゃうんじゃないかって。
 今でもそうです。さっきも言いましたけど、弾幕ごっこは一度でもわたしが勝ったことはなし。わたしと戦うのなんて、きっとつまんないでしょう。
 普通に遊んでいても、その”力の差”はどこかに表れます。色々な人と戦って少しずつ最強に近付くその子と、いつまでも弱いわたし。
 いつか……もしかしたらいつか、わたしだけが取り残されて……その子がどこか遠い存在になってしまう。それが怖くてたまらないんです―――」

『ほら大ちゃん、おいてっちゃうよ〜?』

『ま、待ってよぉ!』

――― わたしと同じくらいだったはずなのに、いつの間にか君は、わたしよりずっと速く飛べるようになったよね。

『どうして最強になりたいの?』

『決まってるじゃない、カッコいいからよ!』

そっか。確かにそうだよね。誰よりも強い。それってすごくかっこいいよね。

『というわけで、あたいは今から戦ってくるわ!』

『え、ちょ!?どこへ!?』

ああ、もう行っちゃった。でもその自信に満ち溢れた顔、すごくかっこいいと思うよ。
君はそう言って、誰かの所へ修行しに行っちゃうことが多くなった。ちょっと寂しいな。
けどわたしなんかじゃ、もう君の相手には弱すぎるもんね。どうか気をつけてね。わたしも、霊夢さんのところへ行ってくるよ。
遅いなぁ。あ、やっと帰って来た。あちこち傷だらけ。大丈夫?誰と戦ったの?

『うるさいなぁ、大ちゃんには関係ない!!』

ああ、ごめんね。負けちゃって悔しかったんだよね。イライラするのもわかるよ。
だけどさ。わたしもあちこち傷だらけなんだよ。頑張って戦ったんだよ。やっぱり負けちゃったけど。
それに、君には全然敵わないけど、少しずつだけど、わたしも強くなったんだよ。
霊夢さんに、『前よりもずっと動きが良くなったし、弾幕にも無駄がなくなった』って、ほめられたんだよ。
だから、ねぇ。怒るのをやめてよ。わたしが弱いからいけないの?
わたしの方を見て。
ムシしないで。


すこしくらい、わたしのはなしをきいて!!


「―――お〜い、どうした」

「……あっ」

はた、と気付けば、目の前で霊夢がひらひらと手を振っている。
遠くなっていた蝉の声が途端にやかましくなる。回想の世界から引き上げられ、大妖精は気恥ずかしそうに辺りを見渡す。
何ら変わりの無い、博麗神社の縁側。

「えっと、その……ごめんなさい。どこまでお話しましたっけ」

「チ……じゃない。その友達が、強くなった果てにあんたの事を忘れちゃうんじゃないかって、不安になったって話」

「はい。それです……んと。もう少しお話した方がいいですか?」

「あいや、もういいわ。十分。ありがと……お茶もう一杯いる?喉渇いたでしょ」

「あ、じゃあいただきます」

大妖精が湯呑みを差し出すと、霊夢は急須から少しだけ冷めたお茶を注ぎ入れてやる。
彼女がそれを一口飲み、軽く息をついた所で、今度は霊夢が口を開いた。

「あんたの話はよく分かったわ。そういう理由なら、応援してあげる。
 望むなら、これからも稽古つけてあげるけど……一つ。これだけは覚えていて欲しいの」

「なんですか?」

大妖精が尋ね返すと、霊夢は一呼吸置いてから、真剣な顔をして言った。

「強さ。それは、単純な力の強さだとか、弾幕が強いとか。それだけじゃないってコト」

「……どういうこと、ですか?」

再び尋ね返しの大妖精。霊夢は幾許か、表情を緩めた。

「どこぞの、海の底に都市を作った男も『私の強さは鋼と火にあらず』なんて言ったそうよ。それは関係ないかも知れないけど。
 私がさっき言ったような、目先の強さ。強大さ。それも確かに強さではあるけれど、もっと違う強さがあるはずよ。
 力が強くない。弾幕勝負で勝てない。だから弱い。あんたはそう言った。けど、私はそうは思わない」

「……わたしにも、それが分かる日が来るんでしょうか」

大妖精はどこか不安な面持ちだ。それを安心させるかのように霊夢は手を伸ばし、その頭を優しく撫でてやった。

「あんたなら、分かるわよ」

急に頭を撫でられ、大妖精は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
それから霊夢は、先程までの湿っぽい雰囲気をかち割るかのように、勢い良く立ち上がる。

「さぁて、と!さっきはあっさり終わっちゃったし、このままじゃ消化不良でしょ。
 あんたがやる気なら、もう一戦交えてみる?」

「は、はい!よろしくお願いします!」

大妖精もまた慌てて立ち上がり、ぺこりと一礼。
満足気に頷き、先に歩き出した。

「今度はどんな戦法を見せてくれるか、楽しみにしてるわよ?」

「うぅ、ハードル上げないで下さいよぉ」

二人の交わすそんな会話も段々と縁側から離れていき、やがて蝉の大合唱に溶け込んで聞こえなくなった。

今にも泣き出しそうな、曇天。
いつ雨が降るかも分からないので、この日は神社へ行くのをやめ、大妖精は自宅で過ごしていた。
家の事をこなしたり、本を読んだり。外に出ないで過ごす内、いつの間にかおやつの時間も過ぎ去って夕方。
夕食の準備も早々に粗方済ませ、ゆっくりと読書に興じる大妖精。
どこか遠くでごろごろ、と雷鳴。やがて、大粒の雨が屋根を叩く音が聞こえ始めた。

「あ、降ってきた……」

ばらばら、と大きな音が断続的に響き、思わず大妖精も手にしていた本のページを繰る手を止め、窓の外へ視線を投げる。
まるで薄いスクリーンを張ったかのように、降り注ぐ雨粒が見慣れた景色を覆っていた。
外が雨、というシチュエーションは好きだった。のんびりと本を読むのがまた楽しい。
再び本の世界へと帰っていった大妖精だったが、もう暫くすると雨はさらに強くなる。
今に屋根を突き破ってしまうのではないか――― そんな心配が脳裏を過ぎるくらいに、雨音は大きく、大きく。
叩きつけるように降り続く大雨に、大妖精はとうとう本を置いて窓際へと寄った。

(すごい雨……まるで台風みたい)

夏の雨は激しい。真夏の象徴と名高い入道雲は要するに積乱雲であり、それはいつか雷雨をもたらす。
いつもより大分暗い窓の外。見上げれば、分厚い灰色の雲が速いスピードで流れていく。
まさか家が吹き飛んでしまう事は無いだろうと、大妖精は息をついた。読書に戻ろう。
最後にもう一度、窓から見える景色を一瞥する。
スクリーンのような雨。
地面で砕ける雨粒。
垂れ込めた暗雲。
強風に煽られる木々。
ボロボロの妖精。
大妖精は踵を返し―――

「!?」

かけ、再び窓に張り付いた。明らかに異質なものが映った、気がした。
今にも千切れて飛びそうなくらいに煽られ続ける足元の草を踏み締め、ふらりふらりと覚束ない足取り。
己の顔を、手を、足を、服が破れてむき出しの肩を際限無く叩く雨にも顔色を変えない。否、変える顔色など何処にも無いと言った方が正しいか。
シャワーを浴びているのと遜色が無いかのように顔から滴る水。
あちこち破けた上に雨水をたっぷり吸って、もう服としての役割をあまり果たしていないボロボロの青いワンピースを引きずるように歩く、小さな姿。
それは、あまりに見慣れた顔だった。大妖精にとって、いつでも思い浮かべられる顔だった。
自分で気付いた時には自然と窓から離れ、玄関へ向かっていた。所持している中で一番大きな傘を引っ掴み、靴を履くのもそこそこにドアを乱暴に開ける。
傘を開いた瞬間、空の上から襲い掛かってくる重量感・圧迫感も振り切って、大妖精は駆け出した。
窓際で見た時から、殆ど位置が変わっていない、その少女の下へ。

「――― チルノちゃん!!」

意識せずとも、その名が口を突いて出た。
雨音に掻き消されたかとも思えたその呼びかけは、しっかりと届いていたらしい。
泥だらけの靴が、ぴたりと動きを止めた。
ゆっくり振り返る。

「……大ちゃん?」

擦れたような小さな声だが、返事にはそれで十分だった。
大妖精にとって、目の前の存在がチルノである事。そして、自分の事を認識出来る事。それが重要なのだ。

「どうしたの、こんな雨の中!それに、こんな傷だらけで……何かあったの?」

早口で質問をぶつけながら、大妖精はとにかく、とチルノを傘の中へ。もうずぶ濡れなのだから意味の無い行為かも知れないが、そんな事を考える余裕は無い。

「………」

そして、そんな大妖精の言葉にも殆ど反応らしい反応を返さず、彼女は疲れたような顔で俯くだけ。
鼻先からも雨水が滴り落ちるチルノの様相に、大妖精は今何をするべきかをはっきり思い浮かべる。

「と……とにかく、このままじゃ風邪引いちゃうよ。わたしの家のそばでよかった……ほら、来て。ね?」

動こうとしないチルノの手を取り、大妖精は自宅の方へ歩き出した。

半ばチルノを引きずるようにしながら、大妖精はこれまた乱暴に玄関のドアを開けた。
ぐったりと座り込む彼女の靴を靴下ごと脱がしてやり、肩を貸して洗面所へ。自分の服もあっと言う間に水を吸っていくが気に留めない。

「とりあえず、お風呂入りなよ。ちょうど沸かしてあったから」

「……ん」

よくよく見ないと分からないくらいに、チルノは小さく頷いた。
それに安心し、大妖精は手早く彼女の服を脱がせてやり、最後にリボンをほどいてからバスルームへとその薄い肩を押し込んだ。
ドアを閉めて十数秒、中から水音が響き始めたので、ようやくほっと一息つく。
洗ってあげなきゃ、と残されたチルノの服をカゴにぽんぽん放り込んだ。
そんな折、彼女が一番上に着ていたワンピースを手にしたので、大妖精はそれをじっと観察してみる。
ぐっしょりと雨水を吸って重くなったそれは、脇腹にスカートの裾、肩の部分等あちこちが破れたり、ほつれたり、焦げていたり。
大妖精には、確信に近い予測があった。

(これ、弾幕を受けて……?)

同じような傷跡はいくつも見てきた。ここ最近は毎日のように、自分自身の服についていた傷。
見覚えのあり過ぎるそれらの箇所を暫く眺めていたが、はっと気付いてそれもカゴへ。

(洗ってから、直してあげよっと)

裁縫道具はどこへしまったっけ、などと考えながら、大妖精は一旦部屋へと引き上げた。
部屋と台所を往復しつつ、どうしても心配になって時折バスルーム前にやって来ては耳をそばだててみたり。
そんなこんなで二十分は経ったかと思った頃、彼女は着替えの必要性を思い出す。

(とりあえず、わたしのでいいかな)

自分がいつも着ている服一式を箪笥から取り出し、バスタオルと一緒にそれらを持って洗面所へ。背格好は殆ど同じなのだから、サイズの心配は無いだろう。

「とりあえずだけど、わたしの服置いとくからこれ着てね。あとタオルも」

バスルームのドアに向かってそう声を掛け、彼女は部屋へと戻った。
それから程無くして、ガチャリとドアの開く音。どうやら上がったらしい。
夕食の準備をする手を止め、大妖精はやがて出てくるであろうチルノを迎える為に台所を出た。
しかし彼女が部屋へ入ったその時には、チルノは洗面所の入り口に立っている。
着替えどころか身体を拭く時間も満足に取れてないのではと思ったが、果たして彼女はその小さな身体をバスタオルで羽織るようにくるんだだけで佇んでいるではないか。
微かに湯気が出ており、顔も上気したようにほんのり赤い事から、きちんと入浴はしたようだが。

「どうしたの?いくら夏でも、服着ないと風邪引いちゃうよ」

苦笑いを伴い、大妖精はそう言ってチルノに近付く。
すぐ前まで行くと、彼女の身体の表面にはまだ所々水分が残っており、水滴となって身体を伝っているのも見受けられる。
汗でもかいたか、特に顔はその傾向が顕著だ。

「ほら、ちゃんと拭いて……」

彼女の羽織っているバスタオルの端を持ち、顔を拭いてやろうとする大妖精。
しかし、その手が止まった。

「……え?」

それは、明らかに不自然だった。
よくよく見やれば、チルノの顔、それも頬だけは垂れてくる水滴が一滴で留まらない。
断続的に目元から頬を伝っていく水分。それはつまり―――

(泣いてる……?)

そういう事なのである。
留まる事無く、後から後からぽろり、ぽろり。まるで外の雨模様の如くに止まらない涙は、間近で見つめる大妖精の心に不安を染み込ませてゆく。
何故彼女が泣いているのか。理由も分からない。だからどうして良いか分からない。
だがその時、焦点の定まっていなかった彼女の瞳が、目の前の大妖精を捉えた。
薄桃色の唇が震え、小さな声で言葉を紡ぐ。

「……だ、大ちゃん……」

「ど、どうしたの!?」

いきなり呼ばれ、反射的に肩を竦ませながら大妖精は訊き返す。
右腕で無理矢理目元に溜まった涙を拭い、チルノは続けた。
ただ、一言。

「――― ごっ、ごめんねぇ……」

ぶるぶると震えを帯び始めたチルノの肩から、ぱさりとバスタオルが落下した。
先の行為が全くの無駄であると主張するかの如く、いつの間にやら頬を新たな涙の雫が伝っている。
ぽろり、ぽろり。

(……ごめんね、って……)

いきなり泣きながらそんな言葉を向けられて、大妖精の思考は混乱を極めつつあった。
だがそれでも、今目の前で涙をこぼす親友にしてやれる事は思い付く。
涙と共に、止まらない肩の震えと嗚咽。それを押さえ込むかのように、その裸の肩をぎゅうっ、と力強く抱き締めた。
大妖精の細い腕を回したチルノの肩と背中は未だ熱を帯びている。熱い。
強い力で引き寄せた所為か、密着した腹部からもかなりの熱が伝わってくる。
抱き寄せた耳元で未だに、ひっく、ひっくとしゃくりあげるチルノ。落ち着くにはもう暫くかかりそうだが、大妖精は全く意に介さない。

そのまま数分。少しばかり、耳元に伝わってくるチルノの呼吸は静まってきた、気がする。
名残惜しいような気持ちもあったが大妖精はそっと身体を離し、涙で光るチルノの目を真っ直ぐ見つめる。

「何があったのか、わたしには分からないけど……大丈夫、ちゃんとチルノちゃんの話を聞くから。
 けど、まずはキズの消毒とかしないと。あと、服も……」

裸になられると、ますます身体のあちこちについた傷が目立つ。とは言え基本的には手足に集中しており、一つ一つも大きくは無いのですぐ治るだろう。
足元に落ちたタオルを彼女の肩にかけてやり、大妖精は一旦その場を離れた。
程無くして救急箱と、着替えを持って返って来る。先と異なるのは、着替えの服がパジャマである事。
余程疲れていると見たか、彼女はチルノを何が何でも家に泊め、休ませるつもりだった。

「準備するから、先に服着ちゃって」

「……うん」

涙を流して少しは落ち着いたか、先よりも大分明瞭になった返事をして、チルノはのそのそと着替えを身に着け始める。
その間に消毒の準備を終えた大妖精は、ぼけっと彼女の着替えを眺める。

「じゃ、まずは手からね」

彼女が言うと、チルノは小さく頷いてから腕を差し出す。
手の甲や手首、肘なんかの傷に消毒薬を染み込ませた脱脂綿で、ちょん、ちょんと消毒。

「肩は大丈夫?」

大妖精の言葉に、チルノは襟元から手を入れて確認。一箇所あったらしく、肩をはだける。
きちんと消毒してやり、続いては足。しかしパジャマの下は長いズボンなので、チルノは結局脱ぐ羽目に。

「ごめんね、先にやればよかった」

「いいの」

苦笑いになって謝る大妖精に、彼女は首を横に振った。

(そう言えば、これ……)

消毒してやる内、大妖精は妙な既視感に囚われていたが、その原因をようやく突き止める。
それは、先日から無謀な弾幕勝負を挑んでは敗れて傷つく自分自身を治療してくれた、霊夢の存在。

(昨日はわたしがされる方だったのにね)

何だかおかしくて、くすりと笑み。
その間にチルノの顔の治療も終え、もう消毒する箇所が無くなってしまった。

「はい、おしまい」

「……ありがとう」

呟き、チルノは再び服を元通りに着直す。それを尻目に、大妖精は救急箱をしまう為に席を立った。
戻って来ると、彼女は大きく動きこそしないもののどこか落ち着かない様子で、部屋の中を見渡している。
机を挟まず、椅子を向かい合うようにして並べたその席の片方に再び腰を落ち着け、大妖精は口を開いた。

「……チルノちゃん。もしどうしてもいやだったら、そこは話さなくていいからね。最初にそれだけ言っとく」

優しく言い聞かせるような口調に、チルノは小さく頷く。
少々の沈黙を挟んだ後、先と同じ彼女の言葉がそれを破った。

「……大ちゃん、ごめんね……」

「どうして謝るの?」

即座に問う。僅かばかり肩を震わせ、彼女は続けた。

「あたい……あたいね……大ちゃんのカタキ、うてなかった……」

「へ?」

言っている意味がすぐには理解出来ず、大妖精は思わず聞き返してしまう。

「カタキ、って……どういうこと?」

すると、俯き加減だったチルノは顔を上げる。膝の上、握った拳がこちらも微かに震えていた。

「……あたい、知ってる。霊夢が、大ちゃんをいじめてるの」

「!」

良く知った名前が飛び出し、大妖精は驚いた。

「昨日も見たもん。霊夢が弾幕いっぱい出してさ。大ちゃんがんばってよけてたけど、当たっちゃって。
 しかもそれで終わんなくて、立ち上がった大ちゃんにまた弾幕をうって。何度もなんども……」

大妖精は思わず頭の中でポンと手を打つ思いだった。
確かに昨日、話が終わった後に回避特化の練習と称して霊夢に弾幕を撃ってもらい、ひたすら避け続ける練習をした。
しかも、野球における千本ノックの如くに疲れ果てるまで何度も撃ってもらった。
それを、チルノはどこかで見ていたのだ。いつからか、までは分からないが。

「大ちゃん、がんばって逃げようとしてた。けど、いつまでも弾幕は終わらなくて。まるで少しずつ弱らせるみたいに。
 それを見て、あたいはもうガマンできなかった。たとえ霊夢でも、大ちゃんをいじめるやつは絶対に許さない。
 だから今日、あいつが一人でいる所を見て勝負をいどんだ。かたきうちのために。けど……」

爪が食い込むくらいに、その小さな手を強く握り締めるチルノ。いつの間にか、その目には再び涙が滲んでいた。

「……勝てなかった。何度もいどんだよ。てかげんされたみたいでさ、あんまり痛くなかったから。
 余計に悔しくて、もう一回、もう一回、絶対に大ちゃんの代わりに一発おみまいしてやりたかった。
 だけど、どうしてもダメで。その内雨が降ってきたけど、それでも立って、弾幕を作ってぶつけた……それでも、やっぱり一発も当たんないの」

溜めておける許容量を超え、すっかり乾いた頬を涙が再び濡らしてゆく。

「おたがいにビショビショになっても、あたいはあきらめないで戦ったよ。
 うってはよけられて、当たる。その繰り返し。何回やったかなんて、三十回から先は覚えてない。
 ……けどね、大ちゃん。あたい、あきらめなかったよ。がんばったんだよ。大ちゃんはあたいが守るって約束したもん!
 だからね、だから……」

「……もう、いいんだよ……チルノちゃん」

いつしか、ぼろぼろと涙をこぼしながら捲し立てていたチルノは、大妖精の一言で正気に戻ったように口を閉じる。
こちらもうっすらと目元に浮かんだ涙を手の甲で拭い去り、大妖精は彼女の目を正面から見据えた。

「チルノちゃんが、わたしのためにそんなボロボロになっても戦ってくれたっていうのは、すごくよく分かった。本当に嬉しいよ。
 けど……よく、聞いて。霊夢さんはそんな人じゃないよ。わたしがね、頼んで撃ってもらったんだ。弾幕を避ける練習をするためにね」

「……そんな、コト言って……」

「ウソじゃないよ。わたしは、チルノちゃんにウソ言ったことなんてない。
 結構前からかな。いつまでも弱いままじゃいたくなくて、霊夢さんに頼んで、特訓してもらってたんだ」

意を決して、大妖精は全てを話すつもりでいた。霊夢に対する誤解を何としてでも解きたい、その一心で。

「色々と、効率的な弾幕の撃ち方とか教えてもらったり、わたしに向いた作戦を考えてくれたり。
 特訓が終わった後は、いつも一緒にお茶を飲むの。おいしいんだから」

「………」

「……わたしが、ウソ言ってるように見えるかな……」

交錯する二人の視線。大妖精は、その胸中に秘めた大元の不安を拭い去れてはいない。
チルノが、自分を信頼してくれているのか。大なんて肩書きだけで、力は弱くて背中も小さい。
そんなちっぽけな自分を、彼女はどう思っているのか―――。

「……ほんとう、なんだね?」

チルノがようやく口を開いた。その表情はいつに無く真剣だ。
その眼差しを真っ直ぐに受け止め、大妖精は一度だけ、だがしっかりと頷く。
すると、真剣だった彼女の表情は徐々にではあるが緩んでいく。
そして―――


「なぁんだ……あたいの早とちりかぁ」


――― やっと、笑ったね。

「えへへ、なんだかすっきりした。大ちゃんがいじめられてないって分かっただけで、すごく楽な気分」

柔らかい笑顔を浮かべ、チルノは少し恥ずかしそうに言った。

「そっか、ならよかった」

その言葉を聞き、大妖精は内心で安堵の息をつく。どうにか、霊夢に対する誤解は解けたようだ。
ようやく笑顔と元気を取り戻してくれたらしいチルノに、彼女は続ける。

「じゃあさ、この話は一旦おしまい。それよりもさ、お腹すいたでしょ。
 夕ご飯作ってるから、食べていくよね?」

「いいの!?ありがとう大ちゃん!」

いつものチルノだ。大妖精は何だか無性に嬉しくなった。
この日のメニューはカレーだ。話に夢中になるあまり気付かなかったが、部屋には食欲を増進させる何とも良い香りが漂っている。
向かい合わせていた椅子をテーブルに戻し、大妖精はエプロンを着けた。

「ちょっと待っててね。もう盛り付けるだけだから……」

「待って、あたいも手伝う!」

ヨダレを垂らさんばかりの表情で元気良く手を上げるチルノに笑って頷き、大妖精は彼女と共に台所へ向かう。
調理そのものがほぼ終わっているお陰かすぐに準備は整い、テーブルにそれぞれの分が並べられた。

「それじゃ……」

「いただきま〜す!」

元気良く挨拶し、我慢出来ないと言わんばかりに早速チルノはカレーライスをぱくりと一口。

「ん〜、やっぱりおいしい!さすが大ちゃん」

途端にとろけるような笑顔でそう言ってくれるものだから、大妖精としても嬉しくない筈が無い。それだけでお腹一杯になれそうな気分。
激しく動いた所為で空腹なのか、その後一心不乱に食べ続ける彼女の様子を、目を細めて見ていた。
しかしそんな折、大妖精はあっと言う間にカレー皿を半分以上平らげたチルノがこちらをじっと見ているのに気付き、尋ねてみる。

「どうしたの?」

すると彼女は、『気になってたんだけど』と前置きして続けた。

「さっきの話でさ、大ちゃんが霊夢に特訓してもらってたっていうのは分かったよ。けど、なんで?
 大ちゃん、普段はあんまり戦ったりしないし……急にどうして強くなろうとしたのかなって」

ある程度の予想はしていたが、やはりこの質問が来てしまった。彼女の様子を眺めていた所為であまり減っていない皿を前に、大妖精は軽いため息。
何と言えば良いのだろうか。ストレートに全ての事を話すのは躊躇われる。何せ、”本人”を前にしているのだ。
しかし、チルノに向かって嘘をつくような真似はしたくないのが本心。

「……んとね、話すとちょっと長くなるかもしれないけど……」

悩み抜いた挙句、真実と言える部分を上手く切り抜くようにして、話すのが恥ずかしい部分を伏せつつ話す事にした。
せっかく力の強い大妖精として生まれたのだから、その力を使って友達を守りたい。
けど、今の自分はあまりに弱すぎる。だから、強くなりたくて霊夢の下へ通った。

「……確かに、前よりは強くなれたかもしれない。けど、それでわたしの何かが変わったかって言うと……」

この日の彼女は饒舌だった。抱え込んでいた想い全てを叩きつけるように、目の前の相手が一番守りたい相手である事も忘れたかのように。

「相変らず、わたしは弱いまま。チルノちゃんと弾幕勝負しても、きっと負けちゃう。
 自分よりも弱い相手に守ってもらうなんて、笑っちゃうよね」

「………」

大妖精は、自身の発言内容もあまり気に留めなくなっていた。最初は伏せようと思っていた部分にもどんどん切り込んでいく。
とにかく思っている事を全て話す、そんな勢いだった。

「せめて……せめて、チルノちゃんくらい強かったらよかったのにね。せめて、最強の妖精になれたら」

「……大ちゃん」

「それなら、きっと世界で最強だって目指せるよ。チルノちゃん、すごく強いもんね。
 いつも最強になりたいって言ってるのも分かるし、わたしなんかよりずっと現実味がある。
 けど、わたしは……弱いくせにそんな最強にだってなれる子を守りたいなんて言って。こんなのって」

「大ちゃん!!」

びくり、と肩が反射的に竦む。少し顔を上げると、真剣な顔に戻ったチルノがいた。
何故大声で制止されたのかいまいち分からず、大妖精は呆然と彼女の顔を見つめる。

「そんなこと言うなんて、大ちゃんらしくないよ。
 もしも今の言葉を大ちゃんじゃなくて、あたいが言ったんだとしたら……大ちゃんはきっと、『そんなことないよ』って言ってくれるんでしょ?」

「………」

その言葉を聞き、思わず押し黙る。
ライトブルーの瞳に宿る強い眼差しに射抜かれて、大妖精が何も言えないでいると、チルノは再び口を開いた。

「さっき、大ちゃんは言ってくれたよね。あたいが”最強の妖精”だって。
 あたい、すごくうれしいよ。どんなに少なくとも、大ちゃんはあたいのことを最強って思ってくれてるんだって」

あまり長い話をする事に慣れていないのか、彼女は一つ一つ、慎重に言葉を選んで言い聞かせているようにも思える。

「けどね。あたいはまだまだ最強にはなれない。なんでって?よく、聞いてね」

チルノは一旦言葉を切る。それに釣られたように大妖精は彼女の目を見つめた。
ゆっくりと、その口が開く。

 

「――― あたいに言わせれば、最強の妖精は大ちゃんだからだよ」

 

意味が分からなかった。
ダブルスコアで実力の上回る相手から、最強はお前だと言われた。その発言の真意を、大妖精は汲み取れない。

「……へ?」

まるでテンプレのような聞き返ししか出来なかった。
しかしチルノは、『たとえばね……』と前置きし、話を続ける。その顔は、笑っていた。

「今日、大雨の中を歩いてたあたいを、大ちゃんは見つけてくれた。あんなに強い雨が降ってたら普通、、家の中にみんな閉じこもって外のことは気にしないよね。
 だけど、大ちゃんはあたいのことを見つけて、傘さして迎えに来てくれたよね。大ちゃんが、あたいを雨から守ってくれたんだよ」

はっ、と気付き、大妖精は玄関へ視線を飛ばす。すっかり雨水にまみれた傘が立てかけられ、下に水溜りを作っている。

「あたいだったら、外に誰かがいても気付けるか自信がないし、家に連れてってもあんなにてきぱきと世話できないと思う。
 大ちゃんは、あたいをお風呂に入れてくれたし、その間に着替えも用意して、ご飯まで作ってくれた。あたいにはできないよ」

尚も笑みを崩さずに語るチルノ。大妖精は黙ってその言葉の一つ一つを受け止める。
それから彼女は、手元にある皿をスプーンで示した。

「それにさ、大ちゃんはいつもあたいにご飯作ってくれるよね。世界で一番おいしいと思ってる。
 あたいは、料理でも絶対に大ちゃんには勝てないよ。自信があるのはカキ氷くらいだし」

「………」

耳を通して、チルノのかけてくれる温かな言葉は心にまで到達する。恥ずかしさもあってか、顔が妙に熱かった。

「まだある。ご飯食べる前にさ、大ちゃんはあたいのケガを治してくれた。今日だけじゃなくて、あたいが負けてあちこちケガして帰るたびに治してくれる。
 大ちゃんにやってもらうと、すぐにケガが治る気がするんだ。あちこちケガしてもすぐに終わらせちゃうし、まるでお医者さんみたい」

「……チルノ、ちゃん……」

「そういえば、破けちゃったあたいの服も直してくれるんでしょ?さっき、おさいほうするための道具を探してるの見たよ。
 これも今日に限らないし。大ちゃんが直してくれた服、まだ一枚も捨ててないよ。
 なにより、あたいが何度負けて帰ってきても、わがまま言っても、イライラしてひどいこと言っても。
 それでも大ちゃんは、あたいのために今まで言ったの全部含めて、毎日毎日世話してくれる。大ちゃんはきっと、世界で一番優しいと思う」

目の奥が痛い。大妖精は、呼吸が荒くなるのが自分でも分かった。

「あたいはね、大ちゃん」

そんな彼女の様子を知ってか知らずか、チルノはもう一度彼女へ笑顔を向ける。

「たしかに、弾幕だったら大ちゃんよりあたいの方が強いよ。あたいにはスペルカードもある。
 けどね、それ以外の所じゃ何一つ大ちゃんには勝てないんだ。こんなんじゃ、最強だなんて名乗れないよ。
 それよりも、弾幕以外の全部であたいよりすごい大ちゃんこそが、最強の妖精だと思うの。
 いつか……いつかね、料理とか、ケガ治すのとか、おさいほうとか、誰かに対する優しさとか。
 そういうのも全部大ちゃんに勝てたら、やっとあたいは最強になれる。当分はムリそうだけどさ」

『あたい、バカだからなぁ』なんて言って、苦笑いのチルノ。そんな彼女の顔が、ぼやける。
膝の上に乗せた手の甲に、ぽたり、と熱い一滴。

「え、え!?泣かないでよ大ちゃん!あたい、何かいやなこと……」

「ち、ちがう、の」

慌てふためくチルノに、大妖精は震える声で呟く。

「わたしね、すごく、うれしいんだ。チルノちゃんが、わたしを、さ、最強だって言ってくれて。
 それに……こんなわたし、でも、大切な人を守れるんだ、って」

言葉を紡ぎながら、大妖精は霊夢の言葉を思い返していた。

『力が強くない。弾幕勝負で勝てない。だから弱い。あんたはそう言った。けど、私はそうは思わない』

それはつまり、力が弱くても誰かを思いやったり、世話してあげたり、相手の為に涙を流せたり。
そんな物理的じゃない側面でも、誰かを守れるという事。心一つでも誰かの為に強くあれる。
例えば、大好きな親友を冷たい雨から、怪我の放置による重症化から、空腹から、寂しさから守る。
大妖精には、それが出来る。

「も、もう!うれしいんだったら泣かないでよ!まぎらわしいなぁ」

一方でチルノはその言葉に安堵し、椅子を降りて彼女の前まで行くとその肩に手を置いて揺さぶる。
ぐらぐらとした揺れすら心地良く思えて、涙をこぼしながらも大妖精は笑顔だ。

「えへへ、ありがとうチルノちゃん」

するとチルノも笑って言葉を返した。

「そんなコト言って〜。あたいは大ちゃんをいじめるやつから守るよ。
 けど、大ちゃんは色んなものからあたいをずっと守ってくれてる。お礼を言うのはこっちだよ」

それからチルノは甘えるように大妖精の肩に腕を回し、後ろから寄り添うようにして身体を預けた。

 

「いつもありがとね、大ちゃん!」

 

その一言がたまらなく嬉しくて、大妖精もまた、首下にあるチルノの小さな手に、自らの手をそっと重ねる。
お互いの温もりが、何よりのメッセージ。

――― 翌日。全ての雲を昨日の雨で落っことしたとでも言いたげな快晴。
大妖精は、自分の家でのんびりしているであろうチルノを残して博麗神社へと向かっていた。
理由はただ一つ、昨日の一件について問いただす為だ。

(なにも、あんなになるまでやらなくたって……何度も挑んだのはチルノちゃんの方らしいけどさぁ)

全身余す事無く傷だらけで、服もボロボロ。何を思って霊夢があそこまで彼女を痛めつけたのか、それが知りたかった。
当然、親友をあそこまで傷つけられて腹が立たない訳も無く、この日の大妖精の顔は見るからに険しい。これまたレア映像だ。
鳥居を潜り、すっかり見慣れた景色の神社内へ足を踏み入れる。庭先にはいない。家の中か。

「霊夢さん!どちらにいらっしゃいますか!?」

いつも一緒にお茶を飲む縁側まで来て、大声で呼んでみる。
しかしその時、微かな音を大妖精は聞き取る。

「……ここ……」

小さく、弱々しい声だったが明らかに霊夢のもの。奥の部屋のようだ。
何かあったのだろうか、と大妖精は意を決して縁側から靴を脱ぎ、上がりこむ。

「お邪魔、します……」

それから、奥の部屋へ続く襖を開けた。と―――

「れ、霊夢さん!!」

そこには確かに霊夢がいた。ただし、布団の中。顔は真っ赤で目は潤み、苦しそうに呼吸を繰り返す。額にはタオル。
そう、見るからに風邪を引いていた。

「うぅ……ごめん、きょう、は、むり」

喉もやられているのだろう、擦れた声で霊夢は何とかそれだけを伝える。すぐに、こほ、こほと咳が漏れた。
そのあまりに弱々しい姿を見たら、大妖精が抱いていた怒りに近い感情は、一瞬でどこかへ飛んでいってしまった。

「だ、大丈夫ですか!?何かできることは……」

「こ、これ」

霊夢は震える指で、額に乗ったタオルを示す。大妖精がそれを手に取ると、額の熱でかなり熱くなっていた。

「冷してきます!あとお水も……すぐに!」

慌てて立ち上がり、大妖精は台所のある方へとすっ飛んで行く。台所の場所は知っていた。
以前ここが宴会場になった際、チルノ達と一緒にあちこち見て回ったのが幸いしたようだ。

「ありがと、少し楽になった」

「そう、ですか……良かったぁ」

それから半日、大妖精は霊夢に付きっ切りで世話をした。
永遠亭まで飛んでいって薬を貰い、それを飲ませたり。タオルの交換は勿論、昼時にはお粥を作って食べさせたり。
献身的な世話と貰った薬、そして少し寝た事によって霊夢は若干だが、元気を取り戻したように見える。

「ところで、今日はどうして?いつもの?」

「あ、いえ……その、チルノちゃんのことで」

霊夢に尋ねられ、大妖精は正直に話した。何故、彼女があそこまでやられたのか、その理由が知りたかったと。
すると彼女は微かに頷き、口を開く。

「ああ、昨日の……びっくりしたわよ。私が庭先で、掃除してたらいきなり『大ちゃんのカタキだ!』って空から氷柱がいっぱい。
 慌てて応戦して、どうにか一本取ったんだけど。すぐにあいつは立ち上がったわ。そのまま第二ラウンド」

まだ少し苦しそうな霊夢に喋らせるのは心苦しかったが、霊夢は止める事無く話してくれた。
何度弾幕勝負に勝っても、チルノは諦める事無く向かって来たと。

「流石にね、二十回、三十回とやったらもう痛々しくて直撃なんて狙えないわ。だから、弾幕のパワーをかなり弱めて、スピード特化でひたすら撃った。
 被弾、つまりは負けがかさめばいつかは諦めてくれると思って。けどあいつはそれでも向かって来た。その内雨も降ってきて……」

「それで、結局……」

「時間にしたらどれくらいになるかなんて、あんまり考えたくないわね。対戦回数は五十は確実、もしかしたら三桁かも。
 いくら弱めて撃った弾幕でも、何十回も喰らえば沢山の傷になるわよ」

そこで大妖精は気付く。通常の霊夢の弾幕を何十回も受けたら、いかにチルノでも凄まじいダメージになるだろう。
だが、彼女は歩いて帰って来た。それは、一つ一つの被弾がかなり小さなダメージだったから。
さらに言えば、一発が弱いからチルノは何度も再戦を申し込めた訳であるし、それだけ黒星が増えたからかなりショックを受けていた。
極め付きは―――

「あの、もしかして……お風邪を引かれたのは」

「多分、かなり長い事雨に打たれたから……かしら」

「ご、ごめんなさいっ!」

チルノの代わり、という訳でも無いが、大妖精は慌てて頭を下げた。
いつまでも頭を上げない大妖精に、霊夢は布団から手を伸ばして、その頭をゆっくり撫でる。

「謝らないで。私は気にしてない。それより……負けると分かっていながら敵討ちに行ってくれたその友達、大切にね」

大妖精が顔を上げると、霊夢は弱々しくながらも笑っている。
何だか気恥ずかしくなり、誤魔化しの為に彼女は霊夢の頭のタオルを手にとって立ち上がった。

「こ、これ、濡らしてきます!」

「さっき行ったばかりなのに」

「こんにちは!」

「よしよし、今日も来たわね」

時はちょっぴり流れて一週間と少し後。大妖精はいつも通りに博麗神社にやって来た。霊夢がそれを出迎えるのも、最早お約束。
一日看病をした後も、大妖精が毎日のように通って献身的に世話をした結果、三日も経たずに霊夢の風邪は完治。
当初の目的から言えばもう通う必要も無さそうなものだが、『本来の意味でも強くなりたい』と大妖精は考えたので特訓は継続。
霊夢の方も、弾幕講座からその後のお茶会まで含め、かなり楽しんでいるようだ。風邪が治ったらまた、との申し出にも二つ返事でOKを出した。
しかし、病み上がりに弾幕勝負は厳しいだろうと思い、大妖精は少し待ってからまた通う事に。
そして一週間の間を置き、少し久しぶりの弾幕ごっこに興じたのが、昨日。
結果はまあいつも通りと言うべきか大妖精の負けではあったのだが、以前に比べればかなり粘った方だ。攻撃チャンスもそれなりにあった。

「そういえば、チルノのやつは何してるの?」

風邪の事を思い出し、間接的にではあるが原因であったチルノの事が気にかかって霊夢は尋ねてみる。
すると大妖精はくすりと笑って答えた。

「わたしの家で、料理の練習してます」

「へぇ、なんでまた?」

妙なシチュエーションに霊夢は驚き、質問を重ねる。

「なんでも、わたしにいつか料理の腕でも勝ちたいからって、最近練習を始めたそうなんです。
 それで、今日はわたしが家へ帰った時に、夕ご飯を作って出迎えるって張り切ってまして」

そう答えを返しながら、大妖精は今朝の会話を思い出していた。

『料理の練習?いいことだと思うけど、どうして?』

『だって、いつも大ちゃんに食べさせてもらってばっかりじゃ悪いし。
 それに、料理もうまくなくちゃ最強の妖精、ウルトラフェアリーにはなれないよ』

『う、うるとら……?なんだかヒーローみたい』

『”大妖精”って書いて、ウルトラフェアリーって読むんだって。紅魔館のパチュリーが言ってたよ』

たまたま家においてあった英語辞書で、”Ultra”を引くと”超””極端な””過激な”etc、etc。
超越者、といった意味にもとれる気がする。全てを超越した妖精とでも言うのだろうか。

(大妖精の大って、そんなにすごい意味なのかなぁ……)

内心で苦笑いしつつも、あまり悪い気のしない大妖精。そんな彼女をよそに、霊夢は肩を竦めている。

「いいわねぇ、帰ったら温かいご飯と待ってる人がいるって。あんたもたまには作りに来てよ、私んトコ」

羨ましかったらしい霊夢は冗談めかして言う。が、大妖精は笑顔のまま頷いた。

「いいですよ、いつもお世話になってますし」

「やりぃ!じゃ、明日あたりからお願いね。一ヶ月くらい」

「い、一ヶ月……?」

「冗談よ。素直すぎるのもアレねぇ」

驚く大妖精に、霊夢は苦笑いを向けた。
それから、青空に向かって伸び一つ。

「よっしゃ!やる気も出た所で、今日もいってみよっか!
 そうそう、昨日やってて思ったんだけど。あんたも前に比べりゃ大分強くなったし、このままだといずれ押されそうな気がするの。
 だから、今日から今までよりもう少し本気を出すからね。覚悟はいい?」

ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる霊夢。
以前の大妖精なら冷や汗と共に一歩後ずさってしまっただろうが、この日の彼女は力強く頷いて見せた。

「よろしくお願いします!」

「おっ、頼もしい返事ね」

霊夢も彼女の返事に若干の驚きを見せ、満足そうな顔。
そんな彼女にもう一度頷いて、大妖精は続ける。

「はい、だって……」

一旦言葉を切ったかと思えば、一瞬だけ、入道雲とのコントラストが美しい青空を見上げる。
顔をもう一度霊夢に向けた大妖精は、真夏の太陽にも負けぬ笑顔を浮かべて言い放つのであった。

 

 


「――― わたしは、最強の妖精ですから!!」



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