―――永遠亭。
ここには、月からやってきた人々(一部例外)が住んでいる。
その内の一人、八意永琳は、永遠に近い命を持っていた。
その為暇を持て余していた彼女は、どうせなら人の役に立つ事で暇を潰そうと思い、少し前から診療所を始めていた。
どんな薬でも作る事ができる彼女の能力に加え、低料金、アフターケアも完璧と、診療所はたちまち評判になった。
今では、多くの人や妖怪が永琳を頼り、この診療所にやって来る。
今回のお話は、診療所として使用している、永遠亭の一室から始まる。

 


「はい、あ〜んして下さい……あら、大分腫れも引いてきたわね。これなら治るのももうすぐかしら……」

「ほんろに?」

「もう、喋るなら口を閉じてからにしなさいな」

「んあ……」

言われた通り、患者―――ルーミアは口を閉じる。彼女は風邪を引き、数日間友人とも遊べない退屈な日々を寝て過ごしている所だった。
早く治したいと診療所に何度か通い、薬を貰っていた。

「もう治る?」

「ええ、大分良くなってるわね。今日もまたお薬出すから、それが無くなる頃にはきっと治ってるわね」

「わ〜い、良かったぁ。ありがとう!」

「いえいえ、お大事にね」

笑顔で帰っていくルーミアを見送り、永琳は次の患者を呼ぶ。今日も診療所は大忙しだ。

「次の方、どうぞ〜」

次の患者が部屋に入ってくる。ここからは永琳の台詞のみの、ダイジェスト形式でご覧頂きたい。それぐらい忙しいのだ。

「えっと、裁縫中に刺した指の血が止まらない?ありゃ、これはひどい。こうして……っと、包帯きちんと巻けば大丈夫ですよ。はい、お大事に」
 
「次の方〜。え、変なキノコ食べたら幻覚が?とりあえず吐き出してみたらどうかしら。はい、お大事に」

「次の方〜。なになに、今朝から周りの音が聞こえ難い?ちょっと耳を……って、耳栓つけっぱなしですよ。取れば聞こえます。はい、お大事に」

「次の方〜。え、主人の大食いを止める方法や薬?そうねえ、セメントでも食べさせてみたらどうかしら。腹持ちバツグンよ。はい、お大事に」

「次の方〜。え、吐いたら治った?それは良かった」

「次の方〜。ええと、自分の周りの人が不幸な目に遭うのをなんとかしたい?う〜ん、生まれ変わるか、転職かしら。
 ……冗談よ。不幸な目に遭う前に、周りの人の厄を常に吸ってあげればいいんじゃないかしら。はい、お大事に。頑張ってね」

「次の方〜。え、別のキノコ食べたら幻聴が?……キノコはきちんとお店で買ったものを食べて下さい。その辺で取ったのは禁止。後は吐けば治るわね。はい、お大事に」

「次の方〜。絨毯にひっついたガムが取れない?氷で冷やすと取れやすくなるわよ。はい、絨毯はお大事に」

「次の方〜。……幻聴がさらに酷く、何者かが死ね死ね団のテーマを耳元で囁いてくる?さっさと吐いて下さい。はい、お大事に」

―――誰が来たのかはご想像にお任せするとして。同じ者が何度か来ている気もするが気にしない。
彼女の元に訪れるのは怪我や体調不良者だけではなく、心の悩みを抱えた者もよく訪れる。
親身になって相談に乗ってくれる永琳と話す事によって励まされた者も多い。
と、休憩時間も近付いてきたその時、ある人物が入室してきた。

「次の方〜」

多くの患者を次々と捌いた永琳は、同じように言いながら振り返って入室者と対面する。

「……あら」

永琳はちょっと驚いたように呟いた。目の前に座る相手が、ちょっと意外な人物だったからだ。

「珍しいわね、あなたが来るなんて」

「あ、ああ……」

次の患者は、藤原妹紅だった。

「どうしたのかしら?健康優良児のあなたが体調を崩すなんて考えられないけど」

「いや、体調不良って訳じゃ……って、子供扱いか、私は。優良"児"て」

「言葉のあやよ。それより……」

「私だな。実は……最近、どうにもスランプに陥って……」

「スランプって、何の?」

「それが……」

妹紅は恥ずかしそうに続けた。

 

「―――炎が、出せなくなったんだ」


藤原妹紅と言えば、まず思い浮かぶのは『不老不死』、そして『燃え盛る業火』であろう。
業火を手足のように操り、あらゆる物を焼き尽くすその勇姿に心奪われた者も多いと聞く。
その妹紅から、炎が消えてしまった。
これはただごとでは無いと、永琳は午後の診療所を臨時休業。永遠亭総出で、彼女のスランプ脱出を手助けする事に。
永琳はとりあえず、妹紅を永遠亭の客間に通し、そこで話し合う事にした。

「やほ〜、もこたん。なんか大変なんだって?」

やたら軽いノリで登場したのは、こちらも不老不死な妹紅のライバル・蓬莱山輝夜。

「何だ、その同僚サラリーマンが家庭の愚痴こぼしてるのを聞いたみたいなノリは。それと、もこたんはやめてくれと何度言った」

「例えが長いよ〜。もうちょっと簡潔にまとめる能力つけないとモテないぞ?」

「話を聞いてるのか……?」

この二人はかなり古くからの因縁で、相手の姿を見かければ殺し合い、相手の名前を聞けば殺し合い、相手の事が夢に出れば殺し合う、そんな仲―――だった筈なのだが。
最近はやたらと仲がいい。少なくともいきなり殺し合ったりはしなくなった。特に輝夜は妹紅の事が気に入っているご様子。

「聞いてるって。炎が出なくなったとか」

「ああ。永琳だけならともかく、お前にまで解決を依頼するのは少し癪だが……四の五の言ってられない。頼めるか?」

「おまかせ!炎が出ないもこたんなんて醤油無しで食べるところてんみたいなものだし」

「……お前の例えの方がよくわからん」

「そう?じゃあ度の入ってないサングラス?」

「グラサンに度はいらんだろう……まるで私にとって炎がさして必要無いと言われている様で少し傷ついたぞ」

ゆるい漫才のような掛け合いをする二人の様子を眺める、永琳以下二人(正確には二羽?)の永遠亭主要メンバー。
ここで、永琳が手を上げて発言。

「姫、漫才もいいですが、彼女の悩みを解決して差し上げないと」

「あ、そうだったそうだった。じゃ、早速……」

そう言うと、輝夜は奥へ。
暫くして、彼女は無色透明の液体がなみなみと入ったグラスを持って戻って来た。
それをテーブルの、座布団に座る妹紅の目の前にコトン、と置く。

「ささ、景気よくドゾ!」

「何だ、これは?水って事は無いだろうし……炎が出るようになる薬とか?」

当然の疑問を投げかける妹紅。
輝夜は笑って答える。

「メチルアルコール!」

「そうか、じゃあ早速……って待てコラ!」

グラスを口に運びかけた妹紅が慌ててグラスを戻す。危機一髪。

「何でメチルなんだよ!」

「だって、燃料切れじゃないの?」

「燃料ってなんだよ燃料って!私はストーブか何かか!?」

「あ、そっか。もこたんはエチル派だっけ?それともプロパン……」

「そういう問題じゃなくてだな……」

「ストーブなら灯油……?」

「有機溶媒から離れろ!!」

いくら不老不死とは言っても、メチルなんか飲んだら危ない。なまじっか死なないだけに被害は甚大だ。

「あ、そっか。ちょっと待っててね」

再び輝夜は奥へ。今度は何故か永琳も一緒に下がる。
暫しの間を置き、再び帰ってきた輝夜。何故か、ピシッとしたタキシード姿。
そのまま妹紅のすぐ横に足を組んで座る。椅子に座っている訳では無いので、どう見ても座りにくそう。

「や〜、もこーちゃん。今日も綺麗だね〜」

ちょっと馴れ馴れしいというか、フランクな感じで話しかける輝夜。

「……な、何の真似だ?」

頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべる妹紅。
と、その時。突然、輝夜が声を張った。

「は〜い、メチル一本は入りま〜す!!」

すると今度は、同じくタキシード姿の永琳が、いつの間にかテーブルの上にカクテルグラスをピラミッド状に重ね、その一番上からビン入りの液体を注ぎいれる。
一番上のグラスから液体が溢れ出し、連鎖的に下のグラスを満たしてゆく。
注ぎ終わったところで一番上のグラスを輝夜が手に取り、妹紅に差し出しながら言った。

「飲〜んで飲んで飲んで飲〜んで飲んで飲んで!ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!!」

「一杯なんてケチくさいわ、一本丸ごと持って来なさ〜い!オ〜ッホッホッホ……ってアホかッ!!どこのホストクラブだよ!!」

口調を変えてまでしっかりノリツッコミをする妹紅は真面目ないい子と昔から評判。

「だって、ムードは大事でしょ?」

「メチル出すホストなんざ聞いた事無いわいッ!というかムード云々の問題じゃなくてだな!」

「ちぇ〜。ボトルならイケると思ったのに」

「ボトルじゃなくて薬瓶だろ、薬瓶!!」

「も〜、わがままもこたんめ」

口を尖らせながら、輝夜は手にしたグラスを傍にいた鈴仙に差し出す。

「ささ、お代官様。ぐっといってくださいませ」

「そこ、人に薦めるな!悪代官かお前は!!むしろお代官はお前だろ!!!」

三連ツッコミ炸裂。戸惑い気味の鈴仙は、とりあえずメチルを飲まなくて済んだ事に胸を撫で下ろす。
いい加減おかしな流れを断ち切りたい妹紅は輝夜に訊いた。

「お前な〜、私の目的わかってるのか?」

「ホスト経営?」

「全然違うわッ!!」

見れば、いつの間にか鈴仙とてゐまでタキシード姿なのだった。ナイス早着替え。

「火、火ねぇ……」

座敷に寝転がりながらも、ようやく真面目に策を考え出した輝夜。もっとも、本人にとっては先程のメチルも大真面目だったようだが。
どっからか持ってきた『怪獣大図鑑』をパラパラめくりながら、輝夜が提案。

「もこたん、ウランでも食べてみる?」

「怪獣じゃないんだからそんなんで火は出ないぞ」

「やる前からどうして諦めるんだ〜!やれば出来る!」

「出来るか!!放射能で死ぬわ!」

不老不死だから厳密には死なないのだが、まあそれは置いておく。
妹紅や輝夜を含む永遠亭メンバーが全員で知恵を絞るが、なかなかいい案が浮かばない。
と、ここで、コロコロと寝転がっていた輝夜がいきなり起き上がった。

「そうだっ!」

「お、何か良い案が?」

期待しながら妹紅が訊くと、輝夜はいきなり妹紅の手をとる。

「ほら、行くよ!」

「ちょ、行くってどこへ……おわっ!」

そのまま輝夜は、妹紅を外へと引っ張り出した。

「ついたよ〜。ここ、ここ!」

「ここって……」

輝夜の導きで一同がやって来たのは人里。
その通りを歩きながら、輝夜が説明する。

「慣用句で、『顔から火が出るほど恥ずかしい』なんて言うでしょ?」

「あ、ああ……確かに。だが、それと人里に何の関係が?」

「というわけで、もこたんにはこれから思いっきり恥ずかしい思いをしてもらいます!!」

「ああ……って何だと!?恥ずかしい思いって、そんなんで本当に火が出るようになるのか!?」

「男は度胸、何でもやってみるものさ!」

「私もお前も女だろう……」

「ま、ま。物は試しって言うし……あ、もうすぐ着くよ」

言いながら、輝夜は角を曲がる。それについて行く一同。

「で、だ。恥ずかしい思いって、何をさせる気なんだ?」

「ふっふっふ……」

ニヤリと笑いながら、輝夜が一軒の建物の前で足を止めた。

「ここで働いてもらいま〜す!」

そう言いながら輝夜が示した建物。全体的に古き良き日本の香りがする人里にはあまり合わない、洋風な佇まい。どうやら喫茶店のようであるが、何か異質な空気を感じる。

「……なんだ、ここは」

「メイド喫茶です」

「へえ、メイ……待て待て待て待てッ!!!何でそんな店があるんだ!?」

「人も里も、時代と共に発展していくのですよ?」

「発展の方向が明らかにおかしいだろ!!」

幻想郷にも押し寄せるメイドブームの影。人里の明日はどっちだ。

「と、言う訳で……頑張って働いてね♪」

「断るッ!!」

当然の如く、顔を真っ赤にして断固拒否の妹紅。
しかし輝夜は、妹紅の手を引っ張って無理矢理店内に引きずり込もうとする。

「まあまあ。もこたんの知り合いも働いてる事だし……」

「やってられるk……は?知り合い?私の?」

目を点にした妹紅。足を踏ん張って抵抗する事も忘れてしまい、そのまま強引に店内へ。
一番近くに居た、やや背の高いメイド服姿の女性が声を掛ける。

「いらっしゃいませ、ご主人さ……ま゙っ!!?」

「あっ!!?」

そのメイドさんと目が合った妹紅は、さらに驚いて体を硬直させた。
目の前でメイド服に身を包んだ女性が、あまりに見慣れた顔だったからである。

「も、もももももももももも妹紅!?ど、どうしてここに……」

「け、け、慧音か……?そりゃ、こっちの台詞だ……」

妹紅の友人にして人里の寺子屋の教師(をやっている筈)の、上白沢慧音その人だった。

店の奥、従業員休憩室で、慧音を加えた一同は話し合い。

「何で、お前がこんな所で働いてるんだ……?」

当然の疑問を投げかける妹紅に、メイド姿のままの慧音はあたふたするばかり。

「な、な、何故って……生活費を稼ぐ為だが……」

「いや、寺子屋の収入だけで十分食っていけると聞いたが?」

「い、い、いやだな、その……ま、まあ副業ってやつだ。
 べ、べ、別に妹紅に、普段とは違ったこの可愛い姿を見てもらいたいなんてそんな下心は一切無い!うん、無い!!」

「………」

お約束のような台詞で本音を語る慧音に、妹紅はため息。

「ね、もこたん。お友達が一緒なら大丈夫でしょ?」

「そ、そうは言ってもだな……慧音、お前は恥ずかしくないのか?」

知り合いがメイド姿というだけで顔真っ赤の妹紅。慧音に尋ねてみると、

「最初は確かに恥ずかしかったが……じきに慣れた」

そう言って、苦笑。

「ほら、慣れるってさ」

実際に働いている、しかも自分の親友に保障されてしまっては、妹紅としても断り難い。

「う〜む……」

「それにだな。ずっと働いていると、むしろこの衣装が普段着のように思えてくるから問題は無い!」

「そんな意識改革は嫌過ぎる……」

メイド服で人里の大通りを堂々と歩く自分の姿を想像し、妹紅はまた顔を赤くする。どう考えてもひとり仮装行列か、大道芸人か、ちょっとおかしい人にしか思われないだろう。

「その内、この姿で寺子屋の授業に出てみようかなとも考えている」

「やめとけ……間違い無く客離れが進む。というか目を覚ませ慧音」

意気込む慧音の暴走を必死で押し留めようと試みる妹紅。
子供には受けるかもしれないが、父兄にしてみればメイド服が普段着の教師など不安で仕方ない。PTAを敵に回すと後が怖いのだ。

「で、どうして妹紅はここに?」

「ああ、それはね……」

輝夜が目的を簡潔に説明。

「という訳で、もこたんにここで働いてもらおうかなと」

「な、何だと!?」

一転、血相を変えた慧音。反対してくれるのか、と妹紅は淡い期待を抱く。

「いくらスランプ脱出の為とは言え、妹紅にそんな恥ずかしい思いをさせる訳にはいかない!ところで妹紅、身長はいくつだ?」

反対らしき意見を述べながら、何故か身長を尋ねる慧音。

「え?ああ、162cmだが……」

「なるほど……と。第一、どうして私に相談してくれなかったんだ!私なら、もっといい方法を考えてやれるというのに!で、妹紅。こっちへ来てくれ」

「??」

違う方法を模索したいと言いながら、妹紅を呼ぶ慧音。
言われるままに慧音の前まで行くと、彼女は巻尺を取り出し、妹紅の肩幅を測る。

「ふむ、ふむ。ああ、もういいぞ」

再び慧音と向かい合う妹紅。

「そんな俗っぽい仕事などしなくても、もっと他の方法だってあるだろうに……っと、この辺かな」

説得するような台詞を言いながら、慧音は何故か壁際の棚に掛かった、サイズ毎に並べられたメイド服をごそごそと探る。
やがて、一着のメイド服を取り出し、妹紅の肩の辺りで合わせてみる。

「うむ、ピッタリだ!まるで妹紅の為にあつらえたようだな!」

満足そうに言ってから、真顔になって慧音は続けた。

「……と言う訳でだ。妹紅をここで働かせるなど……私は反対だ」

「台詞と行動がまるで噛み合ってないぞ……」

口では反対と言いながら、慧音の行動は明らかに妹紅にメイド服を着せようとしている。

「慧音。お前はただ、私にこの服を着せたいだけじゃないのか……?」

「んなっ!そ、そんな事は無いぞ!確かに凄く可愛いだろうとか、写真に収めて額に入れて飾ろうとかは考えたが」

「つくづく正直者だな……って、カメラをこっちに向けないでくれ」

いつの間にか慧音は右手にカメラ、左手に妹紅サイズのメイド服。

「と、言う訳で……」

輝夜が慧音からメイド服を受け取ると、妹紅ににじり寄る。

「今からもこたんのお着替えタイムで〜す♪逃げちゃ駄目だよ?逃げたら背中に生ヤツメウナギの刑。提供はミスティア・ローレライ嬢です」

「妹紅、私は正直胸が痛むが……お前の為だ、許せ」

二人の目がギラギラと光っているのを見て、妹紅は身の危険を感じた。が、時既にお寿司。
二人は一斉に妹紅に飛び掛った。

 

『それっ!!』

 

「うわあああああああっ!!」



「は〜い、お着替え完了♪」

数分の後、輝夜、慧音の二人がかりで服を脱がされた挙句、強制的にメイド服を着せられた妹紅。
当然顔は真っ赤、スカートをはき慣れていないせいか自然と内股になってしまう。

「は、恥ずかし過ぎる……慧音、お前は何故平気なんだ」

「さっきも言っただろう、慣れたと。それより妹紅……今のお前は殺人的に魅力的だ。萌えで人が殺せるなら人里滅亡クラスだ。
 今度の研究の題材にしようかな。『藤原妹紅とメイド服の組み合わせによる魅力相乗効果に関する考察』……うん、いい感じだ」

「お前の親友として一生の頼みだ。それだけはやめてくれ。そんなのをやられた暁には、私は幻想郷にはいられない……」

研究はともかく、白に近い色の長髪に赤いリボン、それらと黒中心のメイド服との対比が非常に美しい。もちろん妹紅自身の魅力もあって、だろうが。
照れている様も非常に可愛らしい。慧音でなくても萌え殺しは必死かもしれない。

「さあ妹紅、こっちを向いてくれ。大丈夫だ、ただのカメラだから。魂を抜き取られたりはしない」

「勘弁してくれ。額に飾られでもしたら私はもうお前の家に遊びに行けない」

「ぬ、残念だ。こんなに可愛いのに」

「そうだよもこたん。一生の記念になるよ?」

「一生の恥の間違いじゃ無いのか……そもそも死んで忘れる事も出来やしないこの体では、なぁ」

ため息をつく妹紅。

「まあいいや。とにかく、今日から暫くこの喫茶店で働いてもらうから頑張ってね。自分の為、スランプ脱出の為だと思ってさ」

「そうだぞ妹紅。業務内容については私が教えるから安心してくれ」

完全に退路を絶たれた妹紅は半ばヤケになって答える。

「ああもう、わかったよ。バリバリ働いてやる。やるからには手を抜きたくないからな」

「その意気だ、妹紅。心も体も立派なメイドになるんだ」

「いや、それはちょっと……」

「暫くしたら遊びがてら、様子を見に来るからね。そうそう、今度来るときは他のみんなも呼ぼうかな?きっと可愛いって言ってくれるよ」

「もう好きにしてくれ……」

結局その日はそれでお開きとなり、後日再び経過を見る事になった。

――― 一ヵ月後。
永遠亭メンバーは再び、例のメイド喫茶を訪れていた。妹紅の様子を見る為だ。

「もこたん、どうなったかな。火が出るようになってればいいんだけど」

「さあ、どうでしょうかねぇ……」

天才たる永琳にも、その結果は予測できないようであった。
カランカラン、と心地の良い音を立てながら、輝夜がドアを開ける。

 

『いらっしゃいませ、ご主人様〜!』

 

デュエットで聞こえてきた元気な声。一番近くに居た二人の女性が同時に振り返る―――満点笑顔で。
が、それは妹紅と慧音で、妹紅は目の前の相手を認識した瞬間に顔を真っ赤にする。

「な、な……輝夜っ!?来るなら来ると連絡くらい……」

「いやあ、すごい順応ぶりだねぇ。姫様びっくりだよ」

「い、いや、これはだな……」

うろたえる妹紅に、慧音がフォローを入れようとする。

「ま、まあ。妹紅は真面目だからな。いつも家の鏡の前で可愛く挨拶する練習したり、努力も欠かさなかったぞ?」

「ほうほう……」

「な、何言ってるんだお前!」

何故かメモをとる輝夜。フォローはむしろ墓穴を掘ったようである。
メイド喫茶という亜空間においてもきっちり順応してみせる妹紅は学級委員長経験もある優等生。

「やっぱり私の目に狂いは無かったぞ。妹紅は働き始めたその日から、男女問わずかなりのファンを獲得したんだ。無論、私もその一人だ」

慧音によれば、妹紅のぶっきらぼうな口調とは裏腹の優しいサービスによるギャップが客に受けたとか。
幻想郷にも忍び寄るツンデレ(?)ブームの影。幻想郷はどこへ行くのだろうか。

「他にもな、料理の腕を買われて料理長まで任されてる。メイドが実際に作ってるという事もあってか、妹紅が作るランチは当店の一番人気だ。時には客の前で実演までしてる」

客の心どころか厨房まで支配していた妹紅。輝夜もこれは予想外だった。

「し、しかしまあ、あれだ」

妹紅がははは、と笑いながら言った。

「頑張って真面目に働き、人に尽くすというのは気持ちが良いものだな」

「メイド喫茶で労働意欲に目覚めた人間って人類初じゃない?」

妹紅の順応っぷりは半端では無かった。かなり居心地良さそうである。最早、第二の故郷と言っても差し支えないレベルかもしれない。
メイド喫茶を根城にするEXボス―――間違い無く、業界初だ。
いっそ紅魔館に就職してはどうだろう。咲夜と一緒にメイド長を務めようものなら、紅魔館は完全に難攻不落の不夜城と化す。
驚きの余り忘れていたが、輝夜は本来の用件を思い出し、尋ねてみた。

「で、炎は出るようになった?」

「……いや、駄目だ。つーか、恥ずかしかったのは最初の内だけだった……」

「ほら、私の言った通りだろう。だが妹紅、お前は厨房でコンロの火をフライパンと共に完全に操ってるじゃないか」

「あまり嬉しくないぞ……」

流石に慣用句をそのまま試しても能力復活とは相成らなかったようだ。

惜しまれながらも妹紅はバイトを暫く休業する事にし、翌日再び永遠亭へ。たまたま仕事が無い慧音もセットだ。ちなみにいつもの服である、念の為。
完全にバイトを辞めた訳では無い辺り、やっぱり居心地が良かったのかもしれない。

「さて、どうする?これから」

永遠亭の中庭にて、縁側に腰掛けた妹紅が切り出した。
『顔から火が出るほど恥ずかしい作戦』が失敗に終わった以上、次の作戦を考えなくてはならない。
幻想郷トップクラスの知識人たる慧音が加わったとしても、簡単には解決しそうに無かった。

「う〜ん、そうだな……」

「ねえねえ。石炭食べるってのは?」

「いいから、その怪獣大図鑑をしまって来てくれ」

一同は暫く頭を働かせていたが、不意に輝夜が室内へ戻っていく。
妹紅はというと特に気にも留めず、あれこれ考えを巡らせていた。やがて、輝夜が戻って来たらしき足音。
やがて足音は、何故か妹紅の背後で止まる。が、妹紅は気付かない。
妹紅の背後に立った輝夜は、両手にそれぞれ持った『何か』を振り上げ―――

 

ドスッ!!!

 

「うぎゃああああああ!?!?」

「ど、どうした妹紅!?」

―――思いっきり突き立てた。妹紅の頭に。
慌てて慧音が尋ねたが、答えが帰ってくるより先にその理由を見つけた。
妹紅の頭からは、立派な兎の耳が。

「か、か、輝夜かっ!?何をした!!」

激痛で涙目な妹紅が振り仰いで訊く。

「うん?永遠亭春の新作『ウサミミアタッチメント・優曇華院風』だよ」

「アタッチメントて……突き刺すのか!?常人だと死ぬぞ!?」

「大丈夫、蓬莱人及び死なない人限定だから」

「それって私かお前しかいないだろ!?私にピンポイントで売りつけるつもりなのかよ!!」

アタッチメントと言うよりは完全に義足や義手の親戚と言える。義耳。しかも飾り。偉い人には分からないのだろうか。
永琳達はどうしてよいか解らない様子だったが、慧音はと言うと―――

「も、妹紅……凄く似合ってるぞ」

―――見とれていた。

「んな事言ってないで早く抜いてくれぇ!!」

だが妹紅はそれどころでは無かった。頭に突き刺してる訳だし、死なないまでも非常に痛い。

「しょーがないなー、もこたんは」

 

ズボッ!!

 

「ぐああああああああっ!!!そっと抜いてくれぇ!!」

輝夜の手によって、どうにかウサミミは妹紅の頭部から離れたようだ。

「うぅ、まだ痛い。輝夜……何でいきなりウサミミなんだ。スランプ脱出と何か関係があるのか?」

刺さってた部分をさすりながら妹紅が尋ねる。出血は無かったのだろうか。

「ないよ。その内試そうと思ってたし、考え事してる今なら気付かれずに背後を取れそうだったから」

しれっと答える輝夜。宇宙人の思考はよくわからない。

「お前なぁ……まあいい。で、もう一つ。春の新作とか言ってたが、あれでファッション業界にでも進出するつもりなのか?」

「うん。医療事業だけでなく、服飾事業も面白いかなって。まあ、あのアタッチメントだけだとあまり広い年齢層は狙えないから難しいかもしれないけど」

年齢層は狭いどころか、完全にピンポイント商売である。一体一つでいくらするのか。というか原価はいくらだ。そもそも原材料は何なのか。謎は尽きない。

「やめておけ、絶対売れない。つーか私しか買う人間がいないのに、その私がこんな目に遭った後でそれを買うと思うか?」

「せめて突き刺すのではなく、簡単に取り外し出来る物なら子供にもウケが良さそうだが、あれでは売れんだろう」

妹紅と慧音がタッグで冷静な忠告。輝夜はしぶしぶといった体で頷く。

「ちぇ。もうファッション雑誌に載せる文句まで考えてたのよ?」

「どんなだ?」

「んとね……

 

『インペリシャブルな月夜を演出したい貴方に!頑張った自分へのご褒美に!月の兎の狂気1341mg配合、ウサミミアタッチメント・優曇華院風!ああ、月が私にもっと輝けと囁いている!』

 

 ―――てな感じ。どう?」

得意げな輝夜。何だか聞いてるほうが恥ずかしくなってしまいそうな文句である。若い女性にはこういうのが受けるのだろうか。

「……胡散臭い上に、どっかで聞いた事ある文句が満載だな。つーか良くわからん。最後のなんか特にな……お前、そんなんだから『ぐーや(笑)』とか言われるんだぞ?」

「言われた事ないわよ!!」

―――再び長考。
鈴仙が立ち上がり、全員分の空になった湯呑みにお茶を入れるべく、台所へ消えていく―――これで本日五度目。

「う〜む……」

慧音が唸る。そして妹紅に尋ねた。

「なあ妹紅。炎が出せなくなった原因に、何か心当たりは無いのか?」

訊かれた妹紅は、頬をかきながら首を傾げる。

「……申し訳無いが、解らん。とは言っても、最近はそんなに炎を出す機会も無かったしな。最後に使ったのは何時だったか……」

以前は永夜の異変だの輝夜とのお決まり弾幕合戦だので炎を頻繁に使用していたが、最近は本当に使う機会が無かった妹紅。
何時から出なくなったのか、という永琳の質問にも同じく首を傾げた。
長い長い時を生きる彼女に、そんな些細(かどうかは本人が決めるのだが)な事を一々覚えていろというのも酷かも知れないが。

「だらしないぞ、そんなんじゃ」

輝夜が唐突に拳を振りかざす。

「もこたんに足りないのは、情熱と気合と根性、そして闘志だ!あと愛と勇気とお金と酒と涙と部屋とYシャツ!」

「待て待て、何故いきなり根性論なんだ。つか最後らへん意味不明なんだが」

「そうだぞ輝夜。第一妹紅は愛と勇気に溢れた立派な蓬莱人だ。金はそんなに無いが」

「慧音、フォローどころがおかしい」

輝夜は要するに『平和ボケ』と言いたいらしい。
炎が出なくなったのは、妹紅が炎を必要としない生活環境にあり、なおかつ彼女自身の燃え上がる『闘志』が薄れてしまっているからだ、と力説した。

「今のもこたんはまるで火の消えたゴミ焼却場のようで、以前のような『熱さ』が欠けている気がするんだ」

「ゴ、ゴミ焼却場……もうちょっと上手い例えは無かったのか?」

妹紅のツッコミにもお構いなし、一人ヒートアップする輝夜。

「こうなったらこの私がもこたんに火を点けて差し上げようじゃないの!」

ガタン、といきなり輝夜が立ち上がったので、丁度台所から戻った鈴仙は驚き、お盆を落としそうになる。
一同の視線を集めながら、輝夜が再び拳を振り上げる。

「こうなったら、荒療治だ〜!とことんやるから、覚悟しなさ〜い!」

訳も分からぬまま、意気込む輝夜に手を引っ張って立ち上がらせられる妹紅。
彼女は助けを求めるように永琳を見やる。だが、彼女は目を伏せ、ゆっくり首を振る。

(―――こうなった姫は止めようがないわ……とりあえず付き合ってあげて、ね?上手くいくかもしれないし)

視線だけでそう言われた妹紅は、諦めて輝夜に頷いてみせた。
輝夜は満足そうに頷き返し、妹紅の手を引いて再び外へ出た。

「さ、さ、もこたん」

一同がやって来たのは―――切り立った崖の上。
しきりに何かを促す口ぶりの輝夜。その横で妹紅は、崖の下を覗き込みながら声を絞り出す。

「お、おい……何させる気だ」

崖下を覗き込む彼女の視線の先には、燃え盛る炎。
輝夜が妹紅を上まで連れて行く間に、永琳達が輝夜の指示で木材を『井』の形に組み、火をつけた物だ。

「だいじょぶだいじょぶ。単なるヒモ無しバンジーだよ。着地点はあの火ね」

さらっと言ってみせる輝夜。妹紅は当然反論。

「ちょっと待て!ヒモ無しバンジーって言えば聞こえは良いがな、要するに飛び降りろって事か!?」

「まずは炎と一体化することから始めましょう、ってコトで。あとは度胸を養う為に……ね?」

輝夜の口ぶりに悪意は感じられない。純粋に妹紅の事を想っての行動。だからこそ余計にタチが悪い。

「冗談じゃない、いくら死なないからってそんな事……」

「こら〜!もこたんの覚悟はその程度か〜!それでも火の鳥か〜!」

「うぐぅ……」

妹紅は反論も封じられ、崖の淵に立たされた。崖はそこまで高くない―――おおよそ10M前後か―――とはいえ、怖くない筈も無く。
その後ろで輝夜が、妹紅の背中をつつきながら言う。

「ほらほら〜。男は度胸!思い切ってI Can Fly!!しちゃいなって」

「だから私もお前も女だって……う、うわ!押すな!!」

下手な男よりも度胸のありそうな妹紅だが、流石にこの状況はいかんともし難い。
崖の下には燃え盛る炎。その横に、慧音含む永遠亭メンバー。

「ちゃんと飛べたら、後で好きな物買ってあげるからさ〜」

輝夜の言葉は、まるで注射を嫌がる子供を説得する母親のようである。
それは妹紅も思ったが、突っ込みを入れるだけの余裕は今の彼女には無い。
中々飛ぼうとしない妹紅に痺れを切らした輝夜は、

「もう、こうなったらテンカウントで飛んでよね?」

そう言ってカウントを開始した。

「ワーン、ツー……」

「お、おい、まだ心の準備g」

「テーン!!」

 

ドガッ!!

 

『どわああああああああああああっ!!!』

 

一気にカウントをとばし、輝夜は有無を言わさず妹紅を蹴り落とした。大人は汚いぜ。

「うわ、本当に落ちてきた……」

下から様子を見ていた鈴仙が思わず呟く。そして次の瞬間―――

 

バキィッ!!!

 

鈍い音を立てて、妹紅が炎の中へストライク。飛び散る火の粉。

「だああああああっ!!あぢぢぢぢぢぢぢぢぢ!!!」

自身が炎を操れるとは言え、火中に投じられて平気な筈も無く。想像を絶する熱さに悲鳴を上げる妹紅。
彼女は何とかして、この地獄からの脱出を試みた。
木を除けて、妹紅が炎から顔を出す。そのまま身を乗り出そうとして―――

「まだだめ〜!」


ドンッ!!


「おわああああああ!!!」

何時の間に下りてきた輝夜によって、再び炎の中へ突き飛ばされた。

「ほらもこたん、炎を我が物としなきゃ!もっと炎を抱きしめるんだ〜!時に優しく、時に激しく!恋人以上夫婦未満の気持ちで!」

よくわからない檄を飛ばす輝夜。

「お、おま……何言って……」

「そんなんじゃあ『バーニングお嬢さん』の称号はやれんぞ〜!くぅっ、父ちゃん悲しくって、色んなもんが出てくらぁ!」

「……し、知らな……なんだ、そ、れ……」

抗議をさらりと受け流し、これまたよくわからん称号を作る輝夜。何故か親方口調で。

「お、おい……流石にこれはまずいんじゃないのか?」

悲鳴を上げる妹紅を心配した慧音が進言するが、輝夜は首を横に振る。

「まだまだ!炎を操るなら、この程度の炎じゃ足りないよ!」

そう言って、彼女は次々と古紙や木材を投入する。さらに大きくなる炎。

「い、いい加減に……げふっ!」

根性で顔を出し、文句を言いかけた妹紅だったが、輝夜が投げ入れた角材が顔を直撃し、撃沈。
と、ここで何者かが、チョンチョンと輝夜の肩をつつく。
輝夜が振り返って見ればそれはてゐで、彼女はニヤリと笑いながら花火セットを差し出した。

「お、気が利くね〜」

嬉々として花火を受け取り、輝夜はそれを手当たり次第にぽんぽんと炎の中へ。
燃え盛る火炎に投じられた花火はすぐに点火され、炎の塊のあっちからぶしゅー、こっちからぶしゅー。

「昼間の花火も中々にオツだねぇ。もこた〜ん、見える〜?」

のんきな輝夜の発言。それとまるでそぐわない目の前の惨状。妹紅は最早悲鳴を上げる元気も無かった。
花火に見とれていた輝夜は、自分が今投げ込んだ物に気付かなかった。


ドパパパパパパパパァン!!


「あだだだだだだだだっ!!」


連続する破裂音に驚く一同。爆竹だった。てゐが花火の中に仕込んでいたらしい。
破裂音と同期する妹紅の悲鳴。まだギリギリ体力は残っていたようだ。

「そろそろいいかな……」

輝夜が呟く。その声を聞いた妹紅は、やっと開放されるかと淡い期待。
だが―――

「シメは私がやってあげる!」

そう言って輝夜は身構える。妹紅は戦慄した。

「お、おま……」

僅かな力を振り絞り止めようとしたが、時既にお寿司。


「神宝『サラマンダーシールド』ッ!!」


輝夜の手から放たれる、真っ赤な弾幕。


「ぎゃあああああああああああ!!!!」


輝夜が放った燃え盛る弾幕は、妹紅がinしている炎を飲み込み、跡形も無く吹き飛ばした。
―――否。妹紅を残して、跡形も無く吹き飛ばした。

―――妹紅が飛び込んだ炎は、一応鎮火(?)した。
残されたのは、服のあちこちが焦げたり、穴が開いたりとヒドイ有様の妹紅。まあ、あれだけ業火の中にくべられた挙句、花火突っ込まれたり弾幕突っ込まれたりしたら当然だ。

「妹紅、大丈夫か!?」

慌てて慧音が駆け寄る。輝夜も心配そうに妹紅の様子を伺う。

「ちょっと荒療治過ぎた……かな?もこたん大丈夫か〜い?」

と、その時。むくり、と妹紅が起き上がった。輝夜に背を向けたまま、立ち上がる。

「も、妹紅……」

心配そうな慧音の声。だが、妹紅はそれに答えなかった。
そして―――


「かぁぁぁぐぅぅぅぅやぁぁぁぁ…………」


ゴゴゴゴゴゴゴ、なんて擬音を伴いそうな声色で、妹紅が唸りながらゆっくり振り返った。
振り返った妹紅の表情は、明らかに怒りで満ちている。
と、次の瞬間。


ボッ!!


妹紅のバックに、突如として激しい炎が出現した。別に後ろで永琳達が再び火を焚いた訳では無い。

―――妹紅は、再び炎を取り戻していた。


「あ、炎出るようになったじゃん。良かったよかった、あは、あはは……」

業火と共に怒りのオーラを纏う妹紅に気圧され、渇いた笑いと共に後ずさる輝夜。

「お前という奴は……いつもいつも私を酷い目に……」

「まあまあ、落ち着いて……」

必死に妹紅を宥めようとする輝夜だが、この怒りの炎はブリリアントドラゴンバレッタでも吹き飛ばせそうに無かった。
と、妹紅が左手をさっ、と上げた。
それに呼応するように、輝夜の足元が赤く光り―――


ゴォッ!!!


凄まじい炎が噴出し、輝夜を一瞬で黒コゲにしてしまった。
ただ黙って事の成り行きを見守る事しか出来ない一同。
パリパリパリ、とまるで脱皮の如く、黒い焦げ部分が剥がれ落ち、下から無傷の輝夜が現れる。

「……わ〜お。もこたん完全復活だね。姫様嬉しいよ……」

引きつった笑いを浮かべる輝夜。怒りでぶるぶる震える妹紅。
と、ここでてゐが今度は妹紅の肩をチョンチョンとつつき、包みを差し出す。
妹紅はそれを『すまない』の一言と共に受け取り、包みに右手を突っ込んだ。
左手から小さな炎を出現させ、包みから引き抜いた右手に掴んだ大量のねずみ花火に点火した。

「今日と言う今日こそは……お前を徹底的にグリルにしてやる〜〜〜っ!!!!」

叫びと共に、妹紅はねずみ花火を輝夜に向かってブン投げた。

「うわわわわわわわっ!!退散!」

脱兎の如く駆け出した輝夜と、シュルシュルと音を立てて輝夜を追いかけるねずみ花火。


パァン!パァン!!


やがて輝夜の足元で破裂。

「わおっ!!こりゃ危ない!」

「待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

きゃーきゃー言いながら逃げ惑う輝夜と、怒りの形相で追い回しつつ、ねずみ花火を投げまくる妹紅。
二人の姿はどんどん遠ざかり、やがて見えなくなってしまった。


パーン……


ドォォォォォン……


それでも時折、遠くから花火や炎の炸裂音が聞こえて来る。
残された一同は暫し呆然としていたが、永琳がぽつりと言った。

「……とりあえず、火の始末。それから、帰ってお茶にしましょうか」

その一言で、慧音、鈴仙、てゐも辺りに散らばったゴミを集め始める。
永琳は、予め用意していた水入りバケツで、キャンプファイアー的炎をセットしていた場所に水をかけた。

「火の用心、だな」

慧音が頷く。

「あなたもお茶飲んでく?」

「……お言葉に甘えよう」

永琳の誘いを、慧音は二つ返事で受けた。
荷物をまとめた一同。最後に、永琳と慧音は、輝夜と妹紅が消えていった方向を見ながら、こんな会話を交わすのだった。

 

「喧嘩するほど仲が良い、とはよく言ったものね……」

「……全くだ。寺子屋の教科書に、実例として載せたいくらいだ」

 

帰り道、ふと気になった鈴仙が永琳に尋ねた。

「師匠、結局妹紅さんのスランプはどうして解消されたんですか?」

「ああ、あれね……」

はぁ、とため息をついてから、永琳は答えた。

「姫の言ってる事は、あながち間違いじゃ無かったみたい。暫く炎を出す機会が無かったから、出し方を忘れてただけのようね」

「え、じゃあそれって……」

今度は慧音が答える。

「輝夜とも最近は喧嘩しなくなったからな。で、今回久々に二人はケンカモード。炎の出番と相成ったと言う訳だ」

う〜ん、と唸ってから、鈴仙は言った。

「……要するに、思いっきり炎をぶつけられる相手が居なかったから、出し方を忘れてしまっていた、と」

「まあ、そんなとこね」

つくづくおかしな関係だと、永琳は再びため息をついた。

その後、無事永遠亭へと帰り着いた四人。
早速準備をし、四人は午後のお茶会を楽しむのであった。


―――遠くから時折聞こえて来る、爆発音をバックBGMにして。

 

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