―――博麗神社の巫女・博麗霊夢は、いつも『お賽銭が少ない』だの何だのと嘆いている。
だが、そんな当人の嘆きにも関わらず信仰はそれなりに多い。
要因は色々あるだろうが、それはやはり地元住民が霊夢を頼っているからなのだろう。


そして最近、幻想郷にもう一つ神社が出来た。その名は守矢神社。
この外の世界からの訪問者は、幻想郷内でどうにか信仰を得られないかと画策した。
一時は『もう一つの神社を屈服させれば……』などという愚考に至りかけたが、霊夢が文字通り体を張って阻止・更正―――と言って良いのかは分からないが、まあとにかく二つの神社は今日まで共存の道を歩んでいる。
しかし、何しろ突然やって来た神社だ。山の妖怪の信仰を得る事は出来たが、里に住む人間の信仰は未だ芳しいとは言えない状況であった。


この現状を打破するべく、守屋の神社で唯一の人間―――とは言っても1/3なのだが―――が立ち上がった。
その名は、東風谷早苗。人の身でありながら奇跡を起こす、現人神。守矢神社の風祝。”かぜはふり”と読む。ハイここテストに出ます。
これは、そんな”緑の人気者”による信仰GET作戦の一部始終のようなものを綴ったりするお話。

「―――むぅ……見た目はうちの神社と変わりませんね」

双眼鏡のレンズ越しに見える、やや古びた木造建築。その外観を舐めるように眺めながら、早苗はひとりごちた。
彼女は神社のまん前にいる訳では無い。神社より結構離れた場所から、望遠レンズ越しに観察しているのだ。
早苗が視線を少し横にずらすと、縁側で仰向けに寝転がる霊夢の姿が見える。ぼけーっと暇そうに空を眺め、欠伸。何とも無防備だ。

(全く、年頃の乙女があんな無防備に寝転がるなんて……危ない人に襲われたらどうするんですか)

その様子を見た早苗はため息。同じ巫女(?)として、何だか切ない気持ちになった。自分がこうして信仰を得る為の努力をしている間に、ライバルたる霊夢はごろごろ。
実の所、早苗が勝手にライバル視しているだけなのだがそれは彼女にとって些細な問題である。大事なのはモチベーション。相手の云々等は重要では無い、とは早苗の弁。

(とにかく、毎日ぐうたらしているだけの霊夢さんが巫女をやっている博麗神社が信仰を得ているのは、何か秘密があるはず!)

勝手に霊夢をぐうたら認定し、早苗は決意を新たにする。自分達がやって来た時にわざわざ山の上まで登ってきた事は忘れているのだろうか。
一方的にライバル&ぐうたら認定という一挙二冠王の霊夢は、ごろりと寝返りをうってうつ伏せに。その堂々としただらけぶりは、まさに王者の風格。
早苗はというと、彼女が寝返りを打った際にはだけたスカートからのぞく太腿に気をとられて何だか挙動不審な視線の動き。

(―――まさか、あの寝転がりはわざと!?あのチラリズムで人々を悩殺し、信仰を得ているとしたら……なんと素敵……いや、ふしだらな!)

ふしだら認定で、霊夢三冠王。年棒九桁クラスの風格を漂わせ始めた霊夢の寝転がり(正確には太腿)を睨みつける早苗の目はどこかアブない。
こうなったら自分も何かしなければ。肩か、肩を出すかと早苗の脳内がピンク色の何かで満たされ始めたその時であった。

「―――早苗、何してんの?」

「わっ、わっ!?」

背後からいきなり女性の声、瞬時に弾け飛ぶ脳内妄想。驚いた早苗が振り返ると、彼女にとっては見慣れた姿。

「八坂様ですか……ああびっくりした」

「ごめんごめん。あと、神奈子でいいって。早苗はカタいねぇ」

けらけらと笑うのは、守矢神社に祀られる神様の一人、八坂神奈子。いつの間に背後に回っていたのは流石神様と言った所か。

「ところで、何見てるのさ」

双眼鏡を覗こうとする神奈子に、慌てて早苗は手でそれを遮った。レンズの向く先はチラリズムの塊。
それを見られるとあらぬ誤解を受けそうで怖いと早苗は思ったのだが、凝視していた時点でどうなのか。

「あっ、その、いえ!ちょっと、博麗神社の信仰の秘訣を探ろうと観察を……」

「へぇ、熱心だね。私もそろそろ何とかして、あの神社よりも沢山の信仰を集めて、あの紅白をぎゃふんと言わせたいと思ってた所さ」

神奈子もニヤリと笑い、頷く。

「そうです!今こそ、この幻想郷の信仰を我らが守矢神社が集め、あのふともも巫女のリボンをほどいて帯にして『よいではないか』ごっこをするくらいに懐柔するのです!」

盛り上がってきた二人はその場に立ち上がる。

「おお、その意気だよ早苗!紅白なんか怖くない!」

「ふとももなんか怖くないです!」

「よいではないか、よいではないか!」

「よいではないか〜!」

テンションMAXで二人は悪代官の如く高笑い。晴れ渡る青空に響く、爽やかな笑い声。
だが、ここは人里のど真ん中、寺子屋の屋根の上である事を二人は忘れていた。
その真意はともかく、夕暮れの川原なら高笑いも様になりそうなものだが、人々の居住区のど真ん中では単なる好奇の視線の的である。

「先生、あのお姉ちゃんたちはなに?」

一人の子供が、通い慣れた学び舎の屋根に立つ二人組を指差す。

「しっ、見ちゃいけない。さあ皆、授業の続きをやるぞ……」

囁き声で教師・上白沢慧音が制し、子供達をそそくさと中へ誘導する。
教師として、子供達を立派な大人にするべく教育する義務がある、と慧音は思っていた。少なくとも、今まさに屋根の上にいるようなのにはしたくない、と。
そんな教師の苦悩など知る由も無く、ようやく笑いの収まった早苗が神奈子に背を向けた。

「それじゃあ、早速行きましょう!あのふともも霊夢さんよりも多くの信仰を集め、今こそ守屋の天下を!」

そのまま早苗は、ひらりと寺子屋の屋根から飛び降りた―――つもりだった。
だが、実際は屋根に出来た絶妙な出っ張りに足を取られ、つんのめった状態のまま早苗は屋根から姿を消す。
サルティンバンコもかくやという絶妙な体の捻りを伴ったまま早苗が消えて数刻の後、周囲に響き渡ったドサリという鈍い音。

「うわ、落ちてきた!」

「大変だ、気絶してる!」

「親方、空から女の子が!!」

悲鳴と共にそんな声が屋根の下から聞こえてきたので、神奈子はやれやれとため息をつき、自らも下へ飛び降りる。
早苗とは対照的なスタッ、という軽やかな着地音。突如現れた二人目の姿に人々は驚きを隠せない。

「わ、もう一人も降りてきた!」

「何人!?何人だ!?」

「親方、今度は空からお姉さんが!」

私は女の子じゃないのか、と心の中で苦い思いの神奈子だったが、今はここを離れる事が先決だ。
地面に大の字になって、漫画のようにぐるぐると目を回した早苗の背中と太腿の裏に手を差し込むと、神奈子はそのままリフトアップ。
周りの人々ににこやかに会釈してから、神奈子は足早にその場を去った。
突如屋根から女性が二人落ちてきたかと思えば、片方がもう片方を担ぐどころか真上に持ち上げて、そそくさと去る。
信仰はともかく、珍ニュースとして人々の話の種にはなったようである。これも布教活動の第一歩でありわざとだと、後に絆創膏だらけの早苗は語った。
―――説得力?そんなものは博麗神社の賽銭箱目掛けて遠投してしまえ。

翌日、博麗神社にて。

「今日も今日とて……」

「なんというだらけぶり」

茂みに隠れて縁側の様子を窺う早苗と神奈子。ハチマキに刺した小枝はカモフラージュのつもりらしい。
だが、早苗が装着している枝は葉がついていない普通の枝。角か。折ると何が貰えますか?

「見てください神奈子様、あのふともも!あの扇情的なチラリズムで人々のハートを撃墜&エクステンドしているに違いありません!」

「ぬう、言われて見ればなんとも魅力的な……いやいや。しかし、あれでは無垢な子供達も霊撃に目覚めてしまう」

「その通りですよ、このまま放って置いたらいつかあのスカートの裾からマウンテンオブフェイスですよ!」

「うぬぅ、この私を差し置いてお山の信仰とは断じて許しがたい!そのぷにぷにした二の腕をストレッチパワーで暴発させてやらねば!」

二人の会話の意味はともかく、霊夢は確かに今日も縁側でごろごろ。大の字になって寝転ぶ紅白の様子を茂みから眺める二人の息はやや荒い。ハァハァ。
と、そんな霊夢に近付く人影。

「よっ、相変らずのだらけぶりだな」

「ん〜、何の用よぅ」

やって来たのはノーマルな魔法使い・霧雨魔理沙。何やら荷物を背負った彼女の登場に、眠そうに返事してから霊夢はまたも寝返りを打つ。

「来客にも身体を起こさないとは!もうこれはダラリンピック金メダルですよ!」

「なんだいその変な大会は」

神奈子の質問もスルーし、早苗は身震い。

「確実に彼女は、”だらけ巫女五段”程度の実力は持っています!霊夢さん……恐ろしい子!」

「その段位はどこで貰えるのさ」

「こうなったらあの靴とワキに画鋲を仕込むしか打つ手はありません!ああ、でもそんな嫌味な攻撃、私にはとても……」

「スルーされた数多の”打つ手”が泣いてるよ、早苗」

「でも信仰のためなら画鋲の一箱や二箱……いや、それよりも濡れティッシュを鼻と口の上に乗せて……うんうん」

「………」

淡々とツッコミを入れるが総スルーの神奈子はロンリネス。風祝さん、あなたのお傍で神様が泣いてますよ。

「お前、本当に暇そうだなぁ。まあお前がこんだけ暇って事は、平和って事だけどさ」

「そ〜そ、何も考えずにごろごろできる平和が一番なのよ」

そんな二人にも気付かず、霊夢は暫しごろごろと転げた後にようやく体を起こした。

「で、何の用?」

「あ、そうそう。頼まれてたやつ、持ってきたんだ」

すると魔理沙は手荷物をごそごそと探り、ひょい、と何かを取り出す。

「ほい、キノコ詰め合わせ」

そう言って彼女が霊夢に手渡すのは、秋の味覚・キノコがぎっしり盛られた小籠。
受け取る霊夢はようやく目が覚めたような表情で笑う。

「わ、ありがと〜。やっぱ秋はキノコ食べなくちゃ。それにしても、キノコと言えば魔理沙って感じよねぇ」

「私も、いつからキノコの代名詞になったんだか分からないんだけどな」

その時、はははと笑う魔理沙の様子を眺めていた早苗の表情が一変した。

「か、神奈子様!大変な事が分かりました!!」

そして横にいる神奈子をせっつく。が、呼ばれた神奈子はいじいじと地面に『の』を書き殴っている。

「いいもんいいもん、どうせ私は突っ込み一つ出来ない神様ですよ〜だ……人気だって諏訪子に負けてるし、オンバシラとしか呼んで貰えないダメ神様だもん……」

どうやら早苗に突っ込みをオールスルーされた事がショックだったらしく、まるで某くるくるの如き負のオーラを纏っている。
ぶつぶつと呟きながら地面に四十七個目の『の』を書いた所で、早苗が神奈子の襟元を掴んで前後に揺さぶった。

「もう、神奈子様!しっかりして下さい!ようやく信仰のヒントが得られたんですよ!」

「”神奈子”の字もしょっちゅう間違えらあわわわわうわらばっ!!ストップストップ!分かったから!!」

げほげほと咳き込んでから、何に気付いたのか、と早苗に尋ねてみると、彼女は神妙な面持ちで口を開いた。

「外の世界にいた頃、こんな伝説を聞いたことがあります。この世のどこかにはキノコだらけの王国が存在すると。
 そして、そこでしか採れない伝説のキノコ。外見は赤と白の二色で、それを食べると―――」

「食べると?」

ここで早苗はぐっ、とためを作る。まるでクイズ番組CM明けの司会者の如く。

「―――食べると、体が巨大化するんです!しかも、その親戚には緑色のものもあり、こっちは食べると自らの体がもう一つ増えるんです!」

「……早苗、何だかどっかで聞いた事あるんだけど」

「そりゃそうですよ、伝説ですから。このキノコの力を借りれば、普段はパイプを修理したりするだけのおじさんでも世界を救う程の力を得られると!
 そのパワーたるや、素手でレンガを粉砕!車に乗ってバナナでスピンし、その勢いで起こした竜巻に乗って月面でロボットと決闘!
 果ては巨大なカメさんの尻尾を掴んで投げ飛ばした挙句25mプールクラスのバスタブごと叩き落すくらいの超馬力です!」

「何その超具体的なパワーアップ例」

どことなく深夜にやっているプロテインの通販を思い出しながら呟き、首を傾げる神奈子。だが、早苗は興奮した口ぶりで続ける。

「それにですよ!確か博麗神社には、身体をでっかくできる鬼の方がいらっしゃると。何て言いましたか、伊吹……メローネさんでしたっけ」

「すいか」

「そうそう、その人、じゃないその鬼さんです。彼女の巨大化にも、このキノコが関わっているともっぱらの噂です!」

訂正を入れた神奈子の脳内で、『アリーヴェデルチ』と優雅に挨拶するゴールドなギャングごっこ風の萃香が浮かんで消える。

「どこの噂だい、それ……」

「えっと……竹林にいたウサギの女の子が夢に出てきて、そう教えて下さいました」

信憑性の欠片も見当たらない。

「早苗、ちょっと落ち着きな。その仮説、悪いけど私にはどうしても信じられないよ……」

「何をおっしゃいます!魔理沙さんがキノコマスターという事実も、この仮説を裏付けています!
 あの魔理沙さんなら、伝説のキノコを持っていたっておかしくないです!」

言いながら彼女が視線を縁側に向けると、魔理沙は去っていく所であった。

「きっと霊夢さんは、例のキノコで巨大化する事によって威厳をかもし出し、信仰を得ているに違いありません。いわゆる大仏効果です!
 巨大化する事により、ふともも見せびらかしの効果も上昇!これは最早兵器ですよ!このままでは幻想郷はふとももの炎に包まれてしまいます!」

神奈子の脳内で瞬時に再生される、腋を露出した紅白の服を着たモヒカン&肩パッド集団が『ヒャッハー!種もみをよこせぇ!ついでにお賽銭!』と言って空を飛び交う幻想郷の終末。
YouはShock!むしろ私がShock!な神奈子をよそに、それだけのトンデモ仮説を早口で言ってのけた早苗は茂みから飛び出した。

「私のイメージカラーは緑!つまり、体がもう一つ増えるキノコがもらえるはずです!
 ダブル風祝として里に出向き、鏡コントで人々の心をつかんで見せます!!」

「ちょ、早苗!」

神奈子が止めようとするのも空しく、早苗は猛然と魔理沙を追い始めた。
博麗神社を出た後、箒を駆り低空飛行する魔理沙の傍まで猛ダッシュで駆け寄り、大声で呼び止める。

「ま、待って下さい〜!!」

「ん?」

気付いた魔理沙が箒から降りる。

「お、山の上の。どうしたんだ、そんなに急いで」

「はぁ、はぁ……わ、私には……げほっ、ぜ、ぜんぶ……けほ、おみ、お見通しですぅ!」

息を切らせながらそれだけ言い切り、早苗は軽く腰を捻ってビシッ!と魔理沙を正面から指差す。

(き、決まりました!神奈子様、諏訪子様、見ていらっしゃいますか!?)

腰をくいっと捻って右手で鋭く対象を指差し、膝は少しだけ曲げる。左手は腰に。
毎日、守矢神社の自室の姿見の前で練習を続けた渾身の決めポーズ。その威力は、考えるより先に行動派の魔理沙の頭上にでっかいクエスチョンマークを作るほど。

「……はい?」

まりさは こんらんしている!
当然の如く聞き返す魔理沙に、早苗は息も絶え絶えに台詞を紡ぐ。

「と、とぼけても……はぁ、はぁ、む、無駄です!霊夢さんだけ……けほ、ずるいです!わ、わたしにも……キ、キノコを!」

「キノコ?ああ、まだあるよ」

彼女はそう言うと、背負っていた荷物を地面に下ろした。
中から大きな籠を取り出すと、荷物をひっくり返して中のキノコを全部載せる。
霊夢のものよりかなり大きい籠に山盛りの、しいたけ、しめじ、まいたけ、えりんぎ他旬のキノコ達。

「どうせ採れすぎて余ってたんだ、全部やるよ」

「えっ、いいんですか!?」

目を輝かせる早苗を見て満足そうに笑い、魔理沙は籠を早苗へ手渡す。

「ああ、お前んとこも三人いるし、みんなで食ってくれ」

「わぁ、ありがとうございます!」

受け取って何度もお礼を述べ、早苗は別れを告げると嬉しそうにスキップして博麗神社へ舞い戻る。
茂みで隠れていた神奈子は、帰って来た早苗を見て少し驚いた顔。

「お帰り。どうしたんだい、それ」

「魔理沙さんに頂きました!今日はキノコ料理ですね……ああ、何作ろうかなぁ」

ヨダレを垂らさんばかりの表情で献立を考える早苗に、神奈子はそっと尋ねてみる。

「献立は楽しみだけどさ、早苗。信仰云々はどうなったんだい」

「へ?」

「いや、さっき信仰の秘訣はキノコにあるって飛び出して行ったんじゃないのかい」

「……あぁっ!!」

早苗は一旦ショックを受けたような声を発してから、そっとキノコ満載の籠を地面に置き、それから芝居がかった仕草で頭を抱える。
彼女の脳内ではスポットライトが点灯、悲劇のヒロインとなった自らを美しく照らし出す。ハンカチを噛みたかったが家に忘れてしまった。

「ま、まんまとやられました……ああも見事にはぐらかしてみせるとは魔理沙さん、恐ろしい子……」

「いやぁ、私は現場を見てないからハッキリとは言えないけど……絶対、魔理沙ははぐらかした気なんて微塵も無いだろうねぇ」

苦笑いの神奈子と悔しがる早苗。そんな二人にも一切気付かず、縁側の霊夢は再びごろごろ。

山盛りのキノコを一旦神社に持ち帰り、再び二人は博麗神社の茂みへIN。

「先輩、あんぱんと牛乳買って来ました!」

言いつつ、手元の袋からあんぱんを取り出す早苗。

「おう、ご苦労……って何なのさ先輩って。差し入れは嬉しいけど、どうしてそのチョイス?」

「何をおっしゃいます。ハリコミの基本と言えばあんぱんと牛乳に決まってますって……もぐもぐ、あま〜い」

すっかり刑事気分の早苗は、取り出したあんぱんを自分で食べ始める。素朴な甘さが舌に心地よく、早苗は自然と笑顔に。
その時、ずっとだらしなく寝転んでいた霊夢がガバッと起き上がった。

「……食べ物の香りッ……!どこ?私を呼ぶのは誰?」

「もぐもぐ……もひかひて匂いらけで……もご、気付いたんれふかねぇ、かなこひゃま……もぐ」

「何と言う嗅覚……って早苗、ノンビリ食べてないで隠しな!」

「んむむむむぅ」

神奈子は慌てて、早苗の口に残りのあんぱんをもぎゅもぎゅと押し込んだ。
その一方で霊夢は辺りをキョロキョロ見渡す。その口からはヨダレが流れ、こぼれ落ちる雫が美しい虹を作り上げている。
それはまるでナイアガラのように幻想的な光景―――でもない。

「ああ、香ばしい小麦のかほり……炭水化物が私を呼んでいる!」

「呼んでないからとっとと寝転べ!」

神奈子が小声で念を送ったからか、はたまた早苗があんぱんを全て胃の中へ納めたからか、やがて霊夢はしょぼくれた表情で再び身体を横たえた。

「ああ、気のせいだったのかしら……炭水化物の貴公子は今いずこ……」

沈んだ声で意味不明な言動をする霊夢を、早苗はパック入り牛乳のストローをくわえつつ観察。

「すごい能力ですねぇ、神奈子様。ひょっとして信仰と関係が……ちゅー」

「関係無いと思う……それにしても牛乳がストロー付きで良かったねぇ。下手したら慌てて飲んだ挙句鼻から牛乳だよ……く、くくく」

鼻から牛乳を噴き出す早苗を想像して一人笑いを堪える神奈子。一方で、早苗は牛乳のパックを見つめながら思案顔。

「それで笑いをとれたら、信仰集まりますかねぇ。人里行ってやってきましょうか」

「お笑い芸人目指すならともかく、年頃の女子が鼻から牛乳なんてねぇ……って早苗、随分と顔が本気なんだけど」

冗談と思って笑いながら返した神奈子だったが、早苗の目が妙に真面目なのを見て急に不安になる。
そして、嫌な予感ほど的中するのは世の常なのであって。

「信仰のため、神奈子様と諏訪子様のためなら私……噴きますっ!!」

「やらんでいい、いいッ!!」

いきなりストローを喉の方まで突っ込もうとした早苗を神奈子は慌てて止めた。

「止めないで下さい神奈子様!幻想郷での信仰を得るために働く事が、私の務めですっ!そのためなら鼻から牛乳くらい!」

「やめて早苗!あんたがお嫁に行けなくなったら、私ら責任取りきれない!そんな重圧嫌だから!!」

いきなり大勢の人々の前で鼻から牛乳を演じる女の子を、嫁に貰ってくれる奇特な紳士がどれほどいるか。
家族の未来を憂い半泣きになる神奈子の顔を、早苗は少しの間じっと見つめる。かと思うと急に顔を赤らめ、恥ずかしそうに口元を手で押さえつつ目線を逸らした。

「その時は神奈子様、私を……お、お嫁にもらってください、ね……」

「その発言は色々危ないよ早苗!普通の人にもらわれておくれよ頼むから!」

爆弾発言を投下する早苗に、神奈子は半泣き通り越して八割泣き。その健気さに心打たれたというより、『誰かこの子を止めてくれ』という藁にも縋る思いが見て取れる。
泣きそうな神奈子を見て、ようやく早苗は自己犠牲精神を収めたようであるが、またしても妙案を口にする。

「じゃあ……諏訪子様がやれば、可愛い容姿も相まってすごい人気が出ると思いませんか?」

「本人が絶対了承しないからダメだろう」

神奈子はそう言って首を横に振った。
だが実際は、”幼女が鼻から牛乳を噴き出す”という超ド級マニアックシーンに萌えるような輩から信仰されたくないというのが本心である。
そしてこれだけの騒ぎにも関わらず、あっという間にヨダレを枯渇させた霊夢はいつの間にかすよすよと昼寝モードに。

「勝手に騒いどいてアレだけど、よく眠れるねぇ」

「あんぱんもう一つありますよ。出してみましょうか」

「寝た子を起こす真似はしないほうがいい。文字通り」

こうした会話を続ける間も、霊夢は起きる気配が無い。
と、その時。屋根の上から霊夢に近付く人影。
また魔理沙か、と思った二人であったが、どうやら違うようだ。

「……起きてる〜?」

そう言って霊夢の顔の前で手を振るのは、氷精・チルノであった。
その後、耳元で指を鳴らしてみたり(カスッという音しか出なかった)、顔の前でべろべろばーと変顔披露してみたりと、起きていないこと確認する。
この時のチルノの変顔で、茂みに隠れる二人がむしろ笑いを堪えるのに必死であったが、幸い彼女は気付いた様子を見せない。

「……よし」

霊夢を完全に眠っていると判断したチルノは、ポケットから水性マジックを取り出した。
おもむろにペンを振り上げると、猛然と霊夢の顔に落書きを開始。キュ、キュ、キュッというインクを塗布する音だけが微かに聞こえてくる。

「な、なんと典型的なイタズラ……ですが、シンプルながら味わい深く、面白い。センスが感じられます」

「そして素早い。相当な熟練者のようだ……氷精、侮りがたし」

何故か感心する早苗と神奈子。チルノは笑いを堪えながら霊夢の顔にペンを走らせる。
額に『ざっしょくせい』、両頬にそれぞれ『あかみこ』と『しろみこ』。そして顔を縦に二等分する線を引く。
瞼に目、眉を太く。ただ描くのではなく、右側(あか)に怒ったような、左側(しろ)に悲しそうな感じのメイク。
センスという言葉の意味を問いたくなるが、早苗はこの某男爵を思わせるメイキングから何を感じ取ったというのか。
チルノはそのまま霊夢の服のお腹をめくり上げ、腹部に『エサをあたえないでください』と書き書き。神奈子が思わずぶはっと噴き出してしまったその時、

「ん、う〜……」

霊夢が眠そうに目を擦る。腹部が冷えたのか、とうとう目覚めてしまったようだ。
だがチルノは逃げようとはせず、腹部にひたすら漢字の『十』を繋げたような傷跡を描いていく。ギリギリまでやるのが彼女のイタズラ魂。
盲腸の手術のような傷跡が、一つ、二つ、三つ、四つ―――これでは改造人間だ。腹部ばかりそんなに改造してどうする。キャノン砲でも仕込むのか。
改造するなら腹の減らない胃袋からだろう、と神奈子が思うのも束の間、霊夢は目の前の氷精に気付いた。

「……何してんの?」

まだ自分の身体をキャンパスに描かれた超前衛的アートに気付かない霊夢は、眠そうな顔で首を傾げるばかり。

「な、なんでもないよ!それじゃね〜」

チルノは冷や汗をかきつつ、ダッシュ&フライングでその場を去る。
訝しげな顔をしていた霊夢だったが、ここで己の巫女服の腹部が少し捲くれている事に気付く。
不審に思ってめくり上げれば、そこにはめくるめくアートの世界。ソーワンダフル。オーイエー。
『裸婦が描きたい……』とベンチにもたれて思わず漏らすような画家も頭から逃げ出しそうなその画風に、芸術方面には疎い霊夢も感動して万歳三唱―――


「―――なにやってんじゃあの大ボケ妖精がぁぁぁぁぁッ!!!」


―――とはならなかった。チルノのアートは残念ながら現代美術に一石を投じる事は出来なかったようである。

「んもう、次に会ったら夢想封印をこの傷跡の数だけ叩き込んでやるわ!」

ぷりぷりと怒ったまま、霊夢は家の中へ引っ込んでいく。顔の落書きに気付くのも時間の問題だろう。水性インキのペンだったのはチルノなりの情けか。
霊夢がいなくなったのでようやく溜め込んでいた笑いを開放し、腹を抱える神奈子。だが、早苗は違った。

「か……神奈子様!今度こそ分かりました、信仰の秘訣が!」

「エサを与えないでって、かっはっはっは……んえ?」

早苗の言葉に、ようやく神奈子は自身を落ち着ける。少々の不安はあったが、とりあえず訊いてみた。

「ふう。やっと収まった……で、秘訣が分かったって、どんなだい?」

「どうして博麗神社に人が惹きつけられるのか……それは、霊夢さんの親しみやすさにあったんですよ!」

「ほう」

思いの外まともな仮説に、神奈子は感心したように頷いた。というか、先程のがぶっ飛びすぎていた。

「先程はチルノちゃんが、霊夢さんに思いっきり落書きしていきました。ですが、それも霊夢さんの親しみやすい人柄があってこそ!
 人妖問わずいつの間にか誰かを惹きつける、そんな魅力が信仰を集めるには不可欠なんです!」

「なるほど」

熱弁を振るう早苗の言葉を、神奈子は合いの手を入れつつ聞く。なるほど説得力のある理由に、神奈子は早苗を見直しつつあった。

(ちゃんと冷静に分析してるじゃないか。あの天然暴走がなければもっとスムーズなんだろうけどねぇ)

感心する神奈子だったが、その一方で早苗は何故か再び茂みから飛び出した。

「というわけで、私も頑張ってきます!」

「え?ちょ、ちょっと待ちなって!」

神奈子は止めようとしたが叶わず、早苗は猛然と走って神社の外へ。
背後から『(#゚Д゚)ゴルァァァァァァァァァァッ!!!!』という、顔の異変に気付いたらしい霊夢のトンデモない怒号が聞こえてくるのをBGMにして、神奈子も早苗を追いかけ始めた。

早苗がやって来たのは湖。
誰かを探しているらしく、しきりにキョロキョロと辺りを見渡していたが、

「あっ、いました!おーい!」

目的の人物を見つけたらしく、手を振りながら駆け寄る。

「ん?あたい?」

呼ばれた人物――― チルノは、ぼけーっと湖面を見つめていた顔を早苗の方へ向ける。

「はぁ、はぁ……早苗、いきなり飛び出すなんてどういう了見なのさ」

追いついた神奈子が息を切らせて尋ねると、彼女は『まあ見ててください』と言い、再びチルノを向いた。

「あなたをイタズラマスターと見込んでお願いがあります」

「?」

早苗が何を言いたいのか分からずチルノは首を傾げる。早苗は続けた。


「―――私に、思いっきりイタズラして下さい!!」


「ちょちょ、ちょっと待ちな!!」

大慌てで神奈子が早苗の肩を掴む。

「何考えてんだい!?イタズラしてくれだなんて……」

「イタズラは、言わば親しみやすさのバロメーターです!だからイタズラしてもらって、皆さんとの交流をですね……」

「さっきの霊夢みたいにされるよ!?」

「信仰のためならヤクザ傷にしわ、瞼に目の一つや二つ!」

「……絶対に一つや二つじゃ済まないって……」

大真面目な顔で言う早苗に、神奈子は思わず頭を抱えた。駄目だこの風祝、早く何とかしないと―――そんな思いが滲み出ている。
一方で『イタズラしてくれ』といきなり依頼されたチルノは戸惑うばかり。

「え〜っと……いいの?」

「いいんです、むしろお願いします!さあ、さあ!!」

急かすような言葉を投げかけつつ、両手を広げる早苗。その後ろでは頭を抱える神奈子。
あちこち遊びまわるチルノでさえ見たことの無い珍妙不可思議な光景に最初はやや引き気味だった彼女であるが、次第にイタズラマスターとしての欲望がむくむくと首をもたげてきた様子。
イタズラは本来こっそり行うもの。だが、それを堂々と行え、しかも相手が承認しているというシチュエーションはそう無い。
これは独り占めしてはいけないと、チルノは少し待ってくれるよう早苗に申し出た。

「ちょっと待ってて、みんなも呼んでくる!」

「望むところです!」

意気揚々と彼女が飛び去って数分後、飛んできた複数の影が早苗の前に降り立つ。
チルノを筆頭に大妖精、ルーミア、リグル、ミスティアという”いつものメンバー”が揃い踏み。

「相手にとって不足なしですね!皆さん、よろしくお願いします!」

「……ま、ほどほどにね」

意気込む早苗と、諦めて傍観に徹する神奈子。
一方でイタズラを依頼されたチビっ子軍団は大層張り切った様子で早苗を取り囲む。大妖精だけは遠慮がちに輪の外で見ているだけだったが。

「じゃあ、座って座って〜」

ルーミアがぐいぐいと早苗の肩を押し下げるので、早苗は素直にその場へ足を投げ出す形で座る。
早速、と言わんばかりに水性ペンを取り出す一同。瞬時にイタズラっ子モードへ入る一同の様子に、早苗は期待の眼差し。

「神奈子様、見てますか〜?これから一流のイタズラー達によるイタズラが見られますよ?」

「……あんまり見たくない……」

はぁ、とため息をつく神奈子をよそに、早苗を囲んだ四人が一斉に落書き開始。
ルーミアとリグルは顔、ミスティアは首の辺りに一心不乱にペンを走らせる。チルノは迷った挙句、何故か足に。

「今日のテーマはロボットよ!」

などとのたまうチルノは、早苗のふくらはぎにパイプを書き込んだり太腿に給油口を取り付けたり、膝にドリルを仕込んだり。
顔組は何ともフリーダムで、早苗の額、頬、うなじ、果ては耳の後ろまで容赦無く思いついたままのワードを書き殴る。
『瑠身亜参上!』『必殺烈風リグルキック』『おなかすいた』『うなぎのおいしい夜雀の屋台絶賛営業中、宴会承ります』等など、今を生きる若者からの等身大メッセージ。

「か、顔がくすぐったいです〜……」

ペンが顔の上を縦横無尽に走り回るのは流石にくすぐったいらしく、早苗が困ったような声。
だが次の瞬間、

「きゃあああああああああっ!!??」

唐突に悲鳴を上げるので、驚いた一同が慌てて早苗の身体から離れる。

「へっへ〜、あたいの氷は冷たいよ」

チルノのしてやったりな声。見れば、早苗の服の背中に何とも大きな氷柱がねじ込まれている。

「つ、つめ、冷たいですぅ!とと、取って下さいぃぃぃ……」

早くも寒そうに身を震わせる早苗だが、チルノはその望みどおりのリアクションに腹を抱えて笑い転げるばかり。

「あははははっ!ダメダメ、まだとってあげな〜い!」

「そ、そんなぁ〜……」

困った声が最高のBGM。チルノは再び足に落書き。
粗方書くスペースが無くなったあたりで、チルノは背中の氷柱を引き抜いた。

「はぁ、はぁ……これが本場のイタズラ、なんですね……」

肩で息をする早苗。しかし、チルノはまだまだと言わんばかりに首を横に振った。

「次はねぇ……お医者さんごっこ」

「お医者さん、ですか?」

首を傾げる早苗だったが、すぐにその真意を理解する事となる。
チルノがくるり、と人差し指を回すと、空中で水分が集まり、凝固。細長い形を作った。
そう、氷で出来た体温計。

「は〜い、お熱計りますよ〜」

まるで助手のように、ミスティアが早苗の右腕をとって、ぐい、と上に持ち上げる。
早苗の服も霊夢と同じように腋の部分が露出している。それを知った上で、チルノは体温計を腋の下に押し当てた。

「ひっ、ひゃあああああっ!!?」

早苗の大絶叫が再び湖のほとりに木霊する。だが、ミスティアがぐいぐいと腕を元の位置に戻しつつ、さらに強く氷の体温計を挟ませるのでますます冷たい。

「ひ、ひ、ひどいですぅ!」

「イタズラにひどいもドイヒーもないの!はい、もうひと〜つ」

二つ目の氷製体温計を、今度は早苗の口にくわえさせた。

「んむむぅ……つ、つむぇたいれす……」

「もう一本作ったけど……ほかに体温ってどこで計るの?」

首を傾げるチルノに、リグルが手を上げる。

「どっかで、お尻で計る事もあるって聞いたけど」

「よし、それじゃあ……」

「チルノちゃんダメ〜!!」

「いくらなんでもそれは駄目だ!!」

しゃがみ込んだチルノを大慌てで大妖精と神奈子が止める。
観念したチルノは体温計を放棄し、腋の下と口の体温計(どちらも半分以上融けているが)を抜き取った。

「はい、しんさつしゅ〜りょ〜」

「はぁ、はぁ、はぁ……とっても、激しいイタズラでした……」

度重なる身体へのショックに早苗は息も絶え絶え。次は何をしようか、と考え始めた一同であったが、ここで大妖精がおずおずと手を上げた。

「あ、あの……次は、私がやってもいいですか?」

「おっ、大ちゃんいってみる?」

イタズラ集中砲火に若干引け目を感じていた大妖精だったが、一連の流れを見ている内に妖精としてのイタズラ魂に火がついた模様。
大妖精は頷き、早苗を向く。

「あ、私のは早苗さんのお体に障るようなものは避けますので……えと、ちょっとお待ち頂いても」

「……?はい、分かりました」

首を傾げつつも早苗は了承し、大妖精は一旦自宅へ取って返す。
数分の後、返って来た大妖精の手にはタッパー。

「本当は、お刺身があれば良かったんですけど……代わりにこれで」

そう言うと大妖精は早苗をその場に優しく仰向けで寝かせる。

「では……失礼致します」

大妖精は言うと同時に、早苗の服のお腹をめくり上げて腹部を露出させる。神奈子にとってはデジャヴを覚える光景だ。
それから大妖精は水性ペンをミスティアから受け取ると、早苗の腹部に楕円を書き込み、それからタッパーを開ける。
そして、先程書き込んだ楕円の中にタッパーの中身―――いなり寿司をどんどん並べていく。

「な、なんだか、ひんやりぺたぺたした感触が……」

「……おいしそう」

油揚げの妙な感触に声を震わせる早苗と、ヨダレを垂らさんばかりのルーミア。
大妖精はどんどんいなり寿司を並べていき、最後には楕円に淵を書き込んで皿に見立て、その手前に醤油さしと割り箸、さらにガリの小皿まできちんと描き上げて見せた。

「か、完成……です。地味でごめんなさい」

「すごいよ大ちゃん!」

「久しぶりに見たけど、やっぱり大ちゃんのイタズラは上品だね」

顔を赤らめてぺこりとお辞儀する大妖精に、やんややんやの賞賛を浴びせる一同。

「うむ。ただイタズラするだけではない、相手への気遣いに加えて見た目の完成度、ディティールにも拘った美しいイタズラだ。
 そして終わったらおやつに突入できる実用性も兼ね備えている……大人しい子だと思ったけど、やるじゃないか」

何故か真剣な眼差しで評論する神奈子。最早吹っ切れたか。
だがその時、和やかムード(?)を吹き飛ばす地鳴りが辺りに響き渡る。


―――ドドドドドドドドドド……


「な、何?」

何が起こったかと辺りを見渡す一同。すると、異変に気付いた神奈子が遠くを指差した。

「な、なんだいありゃ!?」

もうもうと土煙を上げ、何者かが突進してくる。
身の危険を感じ、慌ててその場を離れる一同。だが、

「わ、私はどうなるんですか〜!?」

動けない早苗。その時、いつの間にか眼前まで迫っていた人影が大ジャンプ、早苗の目の前に着地。
見覚えのあるその姿に、ポカーンとする早苗含む一同。だが、突如現れた当の本人はそんな周りの視線を意にも介さず、懐から割り箸を取り出す。
そして、叫んだ。

「―――アブラゲ在る所に我在りッ!!稲荷様に感謝!エロイムエッサイム!!いただきますッ!!」

―――九尾の狐、八雲藍であった。
やや意味不明な叫びの後に彼女は猛然と箸を振り上げ、早苗のお腹に乗ったいなり寿司をフードファイターの如き勢いで食べ始める。

「す、すごい食べっぷりです……」

「あぁ〜……私の分、残るかなぁ」

自らの作ったいなり寿司がマッハのスピードで消えていく光景に呆然とする大妖精と、指をくわえて心配そうに見つめるルーミア。
最初は箸で普通に食べていた藍だったが、目の前に並ぶ大好物に理性を破壊されたか、とうとう口を早苗の腹につけるようにして直接食べ始める始末。
最初から理性を破壊されているようにしか見えないのはもう突っ込まない方針で。

「ふぉぉぉ……アブラゲ天国ッ……!もぐもぐ……シェフをよべ……」

「あ、あひゃ、あひゃひゃひゃ!!く、くすぐったいですってばぁ!!」

ペンとは比べ物にならないくすぐったさに思わず笑い出してしまう早苗。それを気にも留めず、野獣の如くいなり寿司を喰らう藍。
だが、このいつまでも続くかと思われたキテレツランチタイムは唐突に終わりを告げる。つかこんなのがいつまでも続かれても困るんだ。
藍の頭のすぐ横辺りの空間に黒い裂け目が出来たかと思った次の瞬間、

―――スパァンッ!!

という、何とも小気味良い音が周囲に木霊した。
それと同時に軽く吹っ飛ばされる藍。空間の裂け目からは腕が一本、そしてハリセンを握っている。あのハリセンに藍が張り倒されたのは一目瞭然だ。

「―――はっ!?わ、私は今まで何を……?」

起き上がるなりキョロキョロと辺りを見渡す藍。どうやら正気に戻ったようである。

「ごめんなさいね、ウチの式が迷惑かけちゃって。藍ったら、油揚げの匂いを感じ取るとフードファイターになっちゃうのよ」

「は、はぁ……」

裂け目の中から聞こえてきた女性の声――― 十中八九、八雲紫のものであろうが―――に、戸惑い気味に答える早苗。
どれだけ鋭い嗅覚の持ち主なのだろうか。八雲家から湖はそれなりに離れているのだが。

「うむむ、すまなかった……」

ご飯粒をいくつか口元にくっつけたまま、ばつが悪そうに頭を下げる藍。だが、早苗のお腹にまだいなり寿司が乗っているのを見て呟く。

「―――も、もう一つだけ、食べても……」

―――スパァンッ!!

有無を言わせぬ紫のハリセン二撃目がスマッシュヒット。前のめりに倒れた藍の上に再びスキマが出現、中から伸びてきた手が藍の首根っこを掴む。

「はいはい、さっさと帰るわよ。じゃ、しつれ〜しました〜」

歌うように謝って、紫のものと思われる手が藍をスキマの中へ引きずり込んだ。それと同時にスキマは消滅。藍が現れてからこの間、約一分の出来事。

「イタズラって、こんなにも凄いものだったんですね……」

「や〜、最後のはあまりにも不確定要素が大き過ぎる」

心底驚いた様子で目をぱちくりさせる早苗に、神奈子は苦笑いを向けた。
その一方で、まだ早苗のお腹にいくつか乗っているいなり寿司を指差してルーミアが呟く。

「……あれ、食べてもいいかなぁ」

イタズラを堪能した早苗と神奈子は五人に別れを告げ、神社へ帰ることに。
だが、問題発生。

「いくよ、早苗」

神奈子が先に歩き出そうとするが、早苗は立ち止まる。

「あ、あの……」

「なんだい?」

「わ、私……このまま帰るんですかぁ!?」

彼女は全身に落書きをされている。『瑠身亜参上!』etc、etc。守矢神社に帰る途中で誰かに見られたら何と言われるか。

「このくらいは想定の範囲内じゃなかったのかい?」

「で、でもぉ……うぅぅ」

恥ずかしさでうずくまってしまった早苗を見て、神奈子はため息一つ。

「しょうがない子だねぇ」

結局、神奈子が早苗をおんぶして、出来る限り早苗の顔を周りに見られないようにしてそそくさと帰る事に。

「あうう……ごめんなさい、です……」

神奈子の背中に顔を埋めた早苗の弱々しい声に、神奈子は再びため息をつく。

(可愛いけど、とても奇跡を起こす現人神には見えないねぇ……)

ぼんやり考えつつ歩みを進める神奈子with早苗。
早苗は神奈子の背におぶさったまま、ひたすら顔を隠すようにするしか無かった―――のだが。

「あっ、神奈子様。ちょっとよろしいですか?」

「え……って、降りちゃうのかい?」

博麗神社の傍まで差し掛かった時、早苗が神奈子を呼び止めたかと思うと彼女の背から飛び降りる。
そのまま博麗神社の石段を登っていく早苗を、首を傾げながら神奈子は追った。
再び茂みに入って縁側の様子を窺ってみると、やっぱり霊夢はお昼寝中。日が暮れ始めた時間帯だというのに、夕食の時間までもう一眠りするようだ。
顔が既に綺麗になっている事と、眠る霊夢の傍らに手鏡が置いてある所を見ると、顔を洗ってそのまま寝たらしい。

「まったく、年頃の女の子にしては警戒心が無さ過ぎます。これは、一度お仕置きしないといけませんね……うふふ」

そう言って霊夢にそっと近付く早苗の顔は、イタズラっ子そのもの。
どうやら、直接イタズラというものに肌で触れた早苗の心にイタズラっ子としての何かが芽生えた模様。
こうなった早苗はもう止めようがなさそう、というかもうヘトヘトに疲れて止める気力も無い神奈子は黙って茂みから傍観。

「その綺麗な顔を吹っ飛ばして……じゃなくって、面白くしてやります!」

ポケットからいつの間にか持っていた水性ペンを取り出し、早苗は霊夢の顔に落書き開始。
額には『守屋の神通力は世界一』『できんことはない』、右の瞼にレンズのような紫外線照射装置を描き描き。頬には『寝とる場合かーーーッ!』。
さらにお腹をめくり、腹部に『一分間に六百発の鉄甲弾を発射可能、三十ミリの鉄板を貫通できる重機関砲』を描く。

「こんなもんでしょうか。お次は……これですっ!」

ペンをしまった早苗は自分の服の胸元から手を突っ込んだかと思うと、ズルリと細長い氷柱を取り出した。

「こっそり頂いてきました!」

「あっ!どうりで背中が冷たいと思った!」

驚く神奈子。しかし、何故気付かない。
早苗はごろりと霊夢の身体を転がし、うつ伏せに。

「氷精直伝、”マスター、あちらのお嬢さんにアイシクルフォール”です!」

「待て早苗、そいつはまずくないか―――」

「えいやぁ!!」

神奈子の制止も間に合わず、早苗はノリノリで霊夢の服の背中に氷柱を突っ込んだ。
ビクリ、と霊夢の体が震えた次の瞬間、

「ひゃわあああああああああっ!!??」

寝起きとは思えないとてつもない悲鳴と共に、霊夢が一瞬で身体を跳ね起こす。

「な、な、な、な、な、なに!?冷た……とって、とってぇ!」

「あっはっはっはっは!!」

寝耳に水どころではない冷たさに半ばパニック状態でのたうつ霊夢と、文字通り抱腹絶倒の早苗。
だが、涙目になった霊夢は自分で背中の氷柱を引き抜くと、目の前で笑い転げる早苗をロック・オン。

「……あんたの仕業ね!?」

「わ、笑いすぎてお腹が痛いで……あっ」

ここで早苗は、自らが逃走する必要のある身であった事にようやく気付いたのである。古人曰く、帰るまでがイタズラです。
霊夢は傍らの手鏡を拾って自らの顔を覗き込む。

「うっわ、何コレ!?せっかく洗ったのに!!」

「そ、それじゃあ私はこれで……」

自分の顔の惨状に驚く隙に、こっそり逃げ出そうとする早苗。だが、時既にお寿司。

「―――待ちなさい」

明確な憤怒を纏う霊夢の静かな声。
脳から発せられるレッドランプ的警告。メーデーメーデー。竦む足を動かし、早苗は何とかこの場から離れようと後ずさる。
だが次の瞬間、霊夢は一瞬で早苗との距離を詰めていた。

「何してくれんのよこの……ポリカーボネートがぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「ああーーーーーーっ!!」

早苗や神奈子も絶賛するワンダフルなふとももから放たれた必殺の蹴りがクリティカルヒットし、早苗の身体は宙を舞う。お母さん、わたしお空を飛んでるよ!

「さ、早苗ぇぇぇぇぇ!!」

はるか神社の鳥居を越えてすっ飛んでいく早苗の体を、慌てて神奈子が追いかける。

「まったくもう、今日は厄日だわ!!あのくるくる神のとこでも行って厄払いしてもらおうかしら……」

頬を膨らませて一人憤る霊夢であったが、

「でも、何であいつまでいるのかしら」

神奈子が出てきた茂みを見つめ、首を傾げるばかりであった。それより早く顔洗いな。
一方、博麗神社の石段の下まで蹴り飛ばされた早苗に神奈子はようやく追いつく。

「ほら早苗、しっかり!」

「う、う〜ん……」

神奈子に支えられて上半身を起こした落書きだらけの早苗は、神奈子の顔を見るなりこう呟いた。

「ぽ、ポリカーボネートなんて言われたの、初めてです……」

「……私だって初めて聞いたよ」

そのまま気絶した早苗を担ぎ上げ、神奈子は守矢神社へ急ぐ。
こうして、神奈子にとって非常に疲れる一日はようやく終わりを告げたのであった。

―――それから二日後、守矢神社にて。

「お玉を回しながら関節をぐにゃぐにゃさせてクラゲの運動〜はいっ!」

「早苗、料理しながら体操するのはどうかと思うよ」

時刻は正午。落書きも落としてすっかり元気な早苗はこの日もいつものように昼食を作る。
最近妙な体操にハマっている早苗に突っ込みを入れる神奈子もいつも通りだ。
この日のメインは、先日魔理沙から貰ったキノコの天ぷら。
だが、そろそろ出来上がるという頃で早苗は味噌汁の鍋を温めていた火を止める。

「神奈子様、今日のお昼ご飯なんですけど……お友達を呼んでもいいですか?」

「ん?ああ、構わないよ。大勢で食べたほうが楽しいだろうし」

「ありがとうございます!じゃ、ちょっとお迎えに行ってきますね」

早苗は嬉しそうに言うと、エプロンを着けたまま玄関へ。

(何だかいつもより量がかなり多いと思ったら、そういう事だったのか)

台所に置かれた、三人で食べるには明らかに多い天ぷらの山を見て神奈子は一人頷いた。早苗が呼ぶ”友達”も、一人では無さそうだ。

(でも、早苗の友達って一体……こないだのお詫びに霊夢でも呼んだか?それとも……)

見ていると腹の虫が騒ぎ出す天ぷらの山から目を背け、神奈子は思考を巡らせる。
しかし、明確な答えを出さぬ内に玄関からドンドンというノック音。いつの間にか十分近い時間が流れていた。
神奈子が玄関へ向かうと、丁度玄関の引き戸がガラガラと開いた。

「ささ、あがって下さい!」

「お邪魔しま〜す!」

「わ、もういいにおいがする〜」

早苗に案内されてどやどやと入ってきたのは、チルノを筆頭に先日早苗に依頼されてイタズラを敢行した仲良し五人組であった。

「あの、先日は色々と失礼致しました。それと、今日はありがとうございます。
 これ、少ないんですけど良かったら皆さんで食べて頂けたら……」

大妖精がぺこりと頭を下げつつ、タッパーを差し出す。中身はぎっしりの厚焼き玉子。

「わっ、どうもありがとうございます」

「そんな気を使わなくていいのに、ありがとうね。せっかくだし、今日のお昼にみんなで食べようか」

(嬉しいけど、こないだのいなり寿司といいこれといい、この子の家は寿司屋でもやってるのかね?)

お礼を述べられると大妖精は少し恥ずかしそうに笑い、『お邪魔します』と小声で言ってから靴を脱いで家の中へ。
全員が上がったのを見て、神奈子は早苗に尋ねた。

「友達って、あの子達かい?」

「はい!先日のイタズラの縁で、仲良くなりまして」

屈託無く笑う早苗に、神奈子も笑顔を向けた。

「そうかい、そりゃ良かった。ならこないだのよく分からん作戦も無駄じゃ無かったって事だね」

「よく分からんってなんですか、もう!」

「はは、悪かった悪かった」

笑顔から一転、頬を膨らませる早苗に神奈子が陳謝したその時、奥の部屋から突然こんなやり取りが聞こえてきた。

「見て大ちゃん!おっきなカエルがいるよ!!」

「こら、誰がカエルだーっ!」

「チルノちゃん、あの人はカエルじゃなくて神様……」

「あのケロケロな帽子、どうみてもカエルだよ!相手にとって不足はないわね!」

「だからカエルじゃないって言ってるでしょ、このチビっ子!」

「だ、誰がチビっ子よ!あんただって背の高さあんまり変わんないじゃない!!まだあたいの方がせくしーよ!!」

「い、言ってはいけない事を……ッ!もう怒ったよ!」

「なにおう!!」

「出た、チルノの荒ぶる氷精のポーズ!」

「こうなったら格闘技で決着だよ!!」

「こ、こっちはカエル拳法の構え!?何と言うハイレベルな戦い……」

「何でリグルそんなに詳しいの?」

「ねーねー、おなかすいた〜」

「ど、どっちも落ち着いて……」

居間で待っていた諏訪子と何やらよく分からん聖戦を繰り広げているらしいチルノ、解説のリグルについていけないミスティア、何とか場を収めようとする大妖精にとにかく早く食べたいルーミア。
やれやれと呟き、神奈子は大きく息を吸った。

 

「―――食事前に騒ぐんじゃないッ!!席に着いて大人しく待てッ!!」

 

一喝されて大人しくなったチルノと諏訪子、それに胸を撫で下ろした一同は食卓に着いて配膳の様子を眺めている。
大妖精が手伝おうと申し出たが、早苗はそれを『お客さんですから』と丁重に断った。
全員分のご飯に味噌汁が行き渡り、おかずも全て食卓に並んだ所で神奈子が手を合わせる。残り全員もそれに倣った。

「はい、それじゃあいただきます」

「いただきます!!」

神奈子の号令で、空腹の一同は一斉に目の前で湯気を立てる料理達に挑みかかる。

「ん〜、おいし〜!」

「ほんと、すごいサクサクしてる」

早速えりんぎの天ぷらにかぶりついたチルノの賞賛の言葉からは感動すら窺える。その横でミスティアも食べながら頷いた。
その言葉通り、食卓のあちこちから揚げたての天ぷらだけが発する事の出来るサクサクという心地よい音が聞こえてくる。
料理は味覚だけで味わうものではない、とはよく言ったものだ。

「早苗は料理は本当にうまいからね。イタズラはまだまだだけど」

「え、イタズラ?」

味噌汁からえのきを箸でつまみ上げながら笑う神奈子に、しいたけの天ぷらを食べようとしていたリグルが箸を止めて訊き返す。
横目で早苗がじとっと睨んでくるのが見えたので慌てて彼女はごまかし、えのきを口に放り込む。

「な、何でもない。こっちの話さね……それにしても美味い。早苗は料理の天才だね」

「いやあ、それほどでも」

「むぐ……そーなの、かー……んぐんぐ」

「もうちょっと落ち着いて食べなって。天ぷらは逃げやしないよ」

頬を染める早苗。一方で口の中にひたすら天ぷらを詰め込んでいたルーミアに諏訪子が苦笑い。
ここで、何かを思い出したように大妖精が切り出した。

「そういえば、イタズラで思い出したんですけど……どうして先日は、イタズラして欲しいなんて?」

「あ、私も気になってた」

一口味噌汁をすすってからうんうんとミスティアも頷いている。
せっかくだし話すべきか、と考えた神奈子は、早苗に目配せ。彼女もまた頷き、口を開いた。

「えと、話すとちょっと長くなるかもしれないんですけど……食べながら聞いて下さい」

そう前置きし、早苗は一部始終を説明した。
信仰が思うように集まらない事、何とかしようと博麗神社へ視察に出た事、紆余曲折あってイタズラが信仰を得る近道だと思った事等など。
早苗が霊夢に仕掛けたイタズラの事を神奈子が追加で話そうとした所、再び早苗に睨まれたので結局それは無しになったが。

「なるほど、全ては失われた信仰を集めるためだったと」

「そうなんです。あの、もし宜しければ皆さんも信仰して頂けませんか?勿論無理強いはしませんが……」

友人となった者達に言うのは少々気が引けるのか少し困った顔をしつつも、早苗は五人に向かって頭を下げる。

「今なら、頼りになる姉御系神様の神奈子様か、スモールサイズで可愛い土着神の諏訪子様、二種類のプランからお選び頂けます!」

「何なんだい、その生命保険の勧誘みたいな口上は……」

「誰がスモールサイズだー!」

特典となった神様達から、それぞれ違ったベクトルの突っ込みが返って来た。
一方で誘われた一同はと言うと―――

「ん〜、あたいは信仰とか神様とか、難しいことはよく分からないんだけど……」

チルノはそう言うとご飯に乗せていたさつま芋の天ぷらを口に運び、もぐもぐとよく味わった上で飲み込んでから続けた。

「ごはんがおいしいから、いいよ!」

あまりに単純な理由だと言うより、あんまり信仰云々とは関係なさげな理由だったが、

「あ、ありがとうございますっ!!」

当の早苗は心底感謝した様子で何度も頭を下げている。
んじゃあね、とルーミアが言うので見てみれば、彼女は空っぽになったお茶碗を手にしている。

「ごはんのおかわりくれたらいいよ!」

「お任せ下さいっ!昔話の挿絵並みに盛って差し上げますよ!」

「じゃあ私も……」

「いくらでもどうぞ!!」

差し出されたルーミアとミスティアのお茶碗を手に、意気揚々と台所へ消えていく早苗。

「私も、とても良くして頂いているので……私一人の信仰がどれほど役立つかは分かりませんが、よろしければ」

「大ちゃんが言うなら私も。でも、害虫以外の虫の無益な殺生はしないって約束してね」

大妖精とリグルからも肯定的な返事を貰い、富士山の如くご飯が盛られたお茶碗を両手に帰って来た早苗は最早踊りださんばかり。

「皆さんありがとうございます!神奈子様、諏訪子様、やっと信仰が得られましたよ!!」

「相手は人間じゃ無かったけどね。ま、良かったよかった」

ははは、と笑う諏訪子。だが、その直後にやや怒ったような顔になる。

「でも!信仰の秘訣を探る為に神社に赴くなら、どうして私にも声を掛けてくれなかったのさ!
 まるでハブにされたみたいだし、二人ともいないからちょっと寂しかったんだよ!!」

「まあそう言わないでやっとくれよ。私が早苗に勝手についてったようなもんなんだからさ」

神奈子が宥めると、諏訪子も納得したように再び座布団へ腰を下ろした。

「神奈子がそう言うなら……でも、次に何かやるなら私にも声かけてよね」

「あ、それじゃあ……今度、人里へ行ってみようかと思うんですけど諏訪子様も来られます?」

早苗の言葉に、諏訪子は大きく頷いた。

「うん、行く行く!」

「ありがとうございます!じゃあ、牛乳用意しとかないと……」

「え、牛乳?」

「しーっ!!諏訪子、何でもない!何でもないから!!」

大慌てて神奈子は早苗の口をふさいだ。”可愛いケロちゃんの鼻から牛乳計画”をまだ諦めていなかったようである。
と、ここでルーミアが話題を変えた。

「牛乳で思い出したんだけどさ、こないだチルノが牛乳ですごいことになったよね」

「ちょ、言わないで!!」

「え、何ですかなんですか!?」

興味津々の早苗。制止しようとしたチルノを横合いからリグルが押さえつけ、目配せ。ルーミアは続けた。

「牛乳を振ったらバターができる、って本で読んだからそれをやろうとしたんだけど、チルノったら容器の口を閉め忘れてさぁ」

「わーっ!!あーっ!!」

何とか遮ろうと大声を出すチルノだったが、ミスティアがその口をふさいだ。

「部屋中牛乳だらけ、頭からつまさきまで牛乳まみれになって泣きながら大ちゃんの家に転がり込んできたんだっけ?」

「そうそう。たまたま私も遊びに来てたんだけど、夏場だったからニオイがすごくって」

「んむーっ!!うぅーっ!!……ぷはっ!!はぁ、はぁ」

現場に居合わせたらしいリグルからの証言も得て、一同から笑いが巻き起こる。ここでやっとチルノも開放された。
笑いながら、早苗は何とかフォローの言葉を考える。

「あはははは、面白いエピソードですねぇ。でも、牛乳ってお肌にいいらしいですよ?」

「だってさ、よかったねチルノ!」

「うれしくないもんっ!!」

頬を膨らませるチルノに、ますます笑う早苗達。

「あっはっはっは……ふぅ。牛乳ですか。そういえば諏訪子様も一時期たくさん飲んでましたよね」

「あっ!!いや、その、それは……」

「身長を伸ばしたいからでしt」

「ああぁぁーっ!!!わーっ!!言うなぁぁぁぁ!!」

「んむむむむむむ」

早苗に飛びかかって口をふさぐ諏訪子。今度は一同に加えて、チルノが笑う番だった。
せっかくなので話を盛り上げるべく、神奈子も口を挟んだ。

「あと、あれだ。胸を大きくする目的もあったんだっけ?」

「なっ……いっ、言うなぁぁぁぁぁ!!神奈子のばかぁぁぁぁ!!」

「大丈夫ですよ諏訪子様!まだまだこれからです!!」

「これからって、私はこう見えて何百年も生きてるんだよぉ!!」

「チルノと良い勝負?」

「あたいの方がせくしーよ!」

「私だよ!!こんなチビっ子に負けてたまるかー!!」

「でも、そんな諏訪子様が私は好きです!」

「うっ……う、うれしくなんかないもんねっ!!」

「これが噂の”つんでれ”ってやつ?」

「流行に乗れる神様ってかっこいいね」

「そ、そう?」

「でも体はちっちゃいね」

「うがーっ!!」

「お、落ち着いて下さい……ほら、天ぷらおいしいですよ?」

「そうだよ。ほら、そっから舌を伸ばして……」

「カ・エ・ル・じゃ・なぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!」

しっちゃかめっちゃかながらも笑いの絶えない、大盛り上がりな会話を傍観しつつ、神奈子は早苗の顔を見た。
それは、心の底からの楽しそうな笑顔。
まるで信仰する者と集める者、される者の関係には見えない―――そう、全くもって普通の友達同士にしか見えない彼女達。

 

「―――ま、こういう信仰のカタチも……アリなんじゃないかねぇ」

 

ひとりごちて、神奈子はテーブルの上の、大妖精お手製の卵焼きを一つ箸で摘み、口へ運んでみる。
何だか、優しい味がした。

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